2020.04.23
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コロナ禍を乗り越えるための「デジタル・ニューディール」への期待

無人化時代の経済社会と教育とは
宿輪 純一 プロフィール

デジタル化教育でどう伝えていくのか

政府のここでの中長期的な政策は、デジタル化のベースとなるインフラを日本経済全体で作り上げていくことである。それは、ハードはもちろんであるが、ソフト、すなわち教育もそうで、学校教育はもちろん、社会人、定年後の人々へも、デジタル化についての教育が必要不可欠である。

米国を復活させたレーガノミクスの重要な柱の1つは社会的な教育であった。経済・社会一緒になって、全体のレベルアップさせることは、基本的政策としては、それを「包摂」(Including)と呼んで始まっているが。

現在、筆者自身も、大学講義を構造改革している。学生のために、どのような講義が良いのか、試行錯誤している。

元来、筆者の講義スタイルは、ざっくりいうと、毎回毎回、学生に「日本経済新聞」を読んでもらい、その日の重要だと思う経済・経営・金融の分野の記事を4つ選び、それぞれ、内容をまとめ、コメントを書いて発表してもらい、ひとつひとつ筆者が理論も含め解説するということを徹底的に行う。

それは、最新の情報・知識を身に着け“就職力”を強化できる。さらに、大学生の後半では、自己分析を徹底的に行い、就職したい企業業種を定め、その業種の企業の経営改善計画を策定させ、さらに“就職力”を強化できる。

もちろん、基本的知識を身に着けるためにも、講義で筆者の教科書を2冊、輪読させ、筆者自身が解説する。

このプロセスは“道場”のようなもので、毎回の気合いの入った直接指導が学生を磨いていける、ということがあった。これを改革し、デジタル化しようとしているが、この“気合い”を伝えることに苦労している。

そのような構造改革は、“人”の生き方も変革せざるを得ない。デジタルな非接触型の経済・社会では、自己の“強み”や“存在価値”といったものをどう作っていくか、という問題になり、逆に、自分と向かい合う必要がある。

 

「文化」や「芸術」も危機である。それらは感動と裏腹で、体験型(フィジカル)で、アナログ、リアルなものが多いからである。

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