「ワガママすぎる人」は、なぜ歴史の中で消えていったのか

「社会脳」という謎【後編】
Ore Chang プロフィール

理性は「説得」のために生まれた

脳の社会的チャレンジ説は「競争」の側面を強調するが、言うまでもなく社会には「協力」がつきものだ。われわれの祖先がサバンナの狩猟採集社会で暮らしていくためには、他人と協力することが不可欠だった(かつて追放とは死を意味した)。

しかし、「人間は協力するように進化してきた」というよくある単純な理解は誤りだ。進化は淘汰によって駆動されるのだから、より適切な表現をするならば「人間は社会的な協力ゲームで勝てるように進化してきた」のである。適応度(=生存・生殖の成功度合い)が引き下がると、その個体は遺伝子生存ゲームに敗北し、その遺伝子は人類の遺伝子プールから取り除かれてしまう。

「理性(=reason, 理由づけする能力)」が何のために進化したと考えられているかご存知だろうか。認知科学者のユーゴ・メルシェとダン・スペルベルらが膨大な実験結果とエビデンスから導出した結論によれば、われわれサピエンスが持つ理性的思考能力のそもそもの生物学的な機能とは「説得」である。*6

これは、社会的チャレンジ説とうまく整合している。つまり、いたずらに他者と対立して敵を増やすのではなく、うまく説得して自らに協力するように仕向けることができる個体が自然選択されたということだ。たとえば自己弁護や「言い訳」も、理性的思考能力を用いた説得の一形態といえる。

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説得は、社会的な競争にも協力にも役に立つ。説得される側にとっても、理由によっては対立しつづけるよりも協力したほうが自らの利益になるため、賢く適応的だ。

政治学者のロバート・アクセルロッドが進化生物学者のウィリアム・ハミルトンと共著した『The Evolution of Cooperation(協力の進化/邦題『つきあい方の科学』)』には、利己的遺伝子ヴィークルである生物同士の関わり合いからいかにして協調関係が生まれてくるかが鮮やかに綴られている。*7

彼らによれば、われわれの祖先が暮らした先史社会に溢れていたのは、ノーベル賞経済学者トーマス・シェリングが「混合動機ゲーム / mixed motive games」と呼んだものだった。われわれの社会脳は、プレイヤー間の利益配分において重複する部分(=協力)と対立する部分(=紛争、折衝)がともに含まれる複雑な社会的状況において、最良の成果(=適応度)を算出できる武器として進化的に洗練されてきたのだ。

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