「浮気」こそ、人類の脳が巨大になった原因かもしれない

「社会脳」という謎【前編】
Ore Chang プロフィール

また、人類学者は狩猟採集民が行う儀式や慣習を、個人ではなく集団の利益を高めるための利他的行為と解釈する。なぜなら、現地の人々が言葉でそう説明するからだ。「これはわれわれの村に代々伝わる風習で……」と。

しかし、リチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』で啓蒙したのは、自然淘汰とは徹頭徹尾「遺伝子 vs. 遺伝子」の競争、つまり基本的には集団同士ではなく個体同士の競争だということだ。

遺伝子は自らの利益だけを追求する。同じ個体の中に乗り込んだ無数の遺伝子が協力するのは、同じ遺伝的利益を共有しているからである。親子など血縁者同士が無私の協力をするのも、遺伝子にとっての利益が共有されているからなのだ。ドーキンスは、これを競技ボートのチームに喩えた。ボートが沈めばみんなが負けることになるので協力する。

もっとも、この競技ボートの喩えは、先史時代から人間社会で繰り広げられている「部族 vs. 部族」の戦争に関していえば、人間集団についても部分的に当てはめることができるかもしれない。

筆者の記事「新型コロナウイルスで『黄色人種警報』を信じた人々の『差別の深層』」でも説明したように、免疫を持たない未知の病原菌に感染することを避けるため、人類の祖先は異なる文化と習俗をもつ部族との間に壁をつくり、「よそ者」に対する差別心や偏見を抱くように進化した。

 

いくつかの調査の推計によれば、先史時代の男性の死因のうち15〜25%を占めていたのが、よその部族との間に勃発した殺戮や戦争による戦死であった。*1

しかし依然、人類が〈群れの存続のため〉に自ずから望んで死へと向かうように進化したという確たる証拠は提出されていない。アリやハチは群れそのものが女王と血縁(つまり遺伝子)を共有している大きな家族であるから、例外だ。

数理モデル的にも、人類がこうした「群淘汰」によって進化した動物であるというならば、グループ内の淘汰圧よりもグループ間の淘汰圧の方が強かったことを示さなくてはならないのだが、そのような実証はない。

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