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ここにきて、70年前の小説『ペスト』が爆発的に売れているワケ

不条理への反抗

コロナ禍のいま、アルベール・カミュ(1913~1960年)が1947年に発表した小説『ペスト』(宮崎嶺雄:訳)に、注目が集まっている。

書店では「『ペスト』お一人様一冊まで」の掲示が出される異例の対応。ついには100万部を突破したという。なぜいま『ペスト』が読まれるのか、カミュの生涯から『ペスト』を読みとく訳者解説からその理由が見えてきた一一宮崎嶺雄氏による解説の一部を特別に掲載する。

カミュとサルトル

アルベール・カミュ(Albert Camus, 1913-60)は今度の大戦中にはじめて現われた新人であったが、わずか数年にして早くも世界的な声価を担う作家となり、その作品は一作ごとに世界の視聴を集めつつあったと言っても過言でない。

戦後フランス文学における最大の存在はジャン・ポール・サルトルであるが、今やこの先輩をさえ圧するかに見えるカミュの声望は、いったいどこから来るのであろうか。

アルベール・カミュ(Photo by gettyimages)

思うに、サルトルのきわめて幅の広い作家活動がしばしば誤解とスキャンダルをよび起し、フランス社会の良識に根強い反発を感じさせるのに反して、カミュの誠実にして清潔な文体と真面目な人柄が広く信頼感をもって迎えられるということも、一つの理由であろう。

 

しかしサルトルが文学者よりもむしろ哲学者であり、文学的にやや異質雑駁(ざっぱく)なものを感じさせるのに対して、青年時代から十分な文学的修練を積んだカミュの文体が、ジッドを通じて象徴派を継承しつつフランス古典の伝統につながっていることが、フランス文学の主流を代表する作家として、彼に大きな期待をいだかせる有力な理由となっていたものと思われる。

事実、その彫琢(ちょうたく)された明晰な文体は一部に新古典派とさえ称せられるほどであり、その作家的位置は、ジッド、マルローについで、新たな世代の指導者と目されるまでになっていた。

彼の名声が急速に世界的なものとなり、一九五七年、四十四歳という異例の若さでノーベル文学賞を受けるに至ったことは偶然ではない。