〔PHOTO〕gettyimages

新型コロナ「自粛と補償はセット」であるべきなのか?

中国と香港から考える政府と社会の責任分配

この記事はウェブメディアに掲載される記事としては少々入り組んだ議論をするので、飛ばし読みには向いていないことを冒頭で宣言しておく。

Twitterでは「#自粛と補償はセットだろ」というハッシュタグが3月末に入ってよく使われるようになっている。新型コロナウイルスの感染のために営業を取りやめた店舗に対して政府は補償すべきなのだろうか。

〔PHOTO〕gettyimages

責任のない政府に補償義務はあるのか

その答えを出す以前に、店舗が営業を取りやめた背景には様々なケースが考えられることを押さえておこう。例えば以下のようなケースがあり得る。

1. 政府が店舗の閉鎖を強制した場合
2. 政府が店舗の閉鎖を強制はしないものの強く推奨した場合
3. 政府が店舗の閉鎖を推奨も強制もしないが、社会的状況を見て「自主的」な判断のもと店舗の閉鎖を決めた場合

上記3つのケースはどの程度政府の働きかけがあったかという点で異なる。ただそれぞれの区別は明確ではない。政府がある店舗や業種に対して営業「自粛」を求める場合を考えてみよう。その求めが法的拘束力を持たなかったとしても結果として強い社会的圧力になれば、それは法をもって強制したことと変わらない。

 

この3つのケースの区別が明確ではないとしても、この「補償」という問題を考える際には政府がどの程度その店舗の営業停止をさせる主体となったかを無視することはできない。というのは「補償」というのはその損失の原因となった主体に対し求めるべきというのが社会通念として定着しているからだ。例えば、私があなたの店を正当な理由なく破壊したとする。店の修復費用など店舗再開までの損失は私が負担すべきものと考えられるのが一般的だと思うが、それは私が店を壊し、その店の損失の原因となったからだ。

これは新型コロナウイルスのもとでの政府の損失補償に関しても同じで、政府が店舗の閉鎖を命じていなければ、政府に店舗閉鎖の責任はなく、政府は当然補償する義務はないことになる。上のケースの1番のようにたとえ政府が命じて店舗が閉鎖されたとしても、新型コロナウイルスの流行は政府の責任ではなく、政府は店舗の閉鎖を命じることを強いられたのであって、他に選択肢の取れなかった政府に対しその損失を負わせることはできないという考え方もできる。