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漫画界レジェンドの告白「片目は半分見えない。本を聞くのが楽しい」

ちばてつやさん特別インタビュー
石井 徹 プロフィール

大事なのは「間」ですね、表現するときの

――マンガに縛られず、いろんなところから吸収できた、ということでしょうか。

うん、それで誰かのマンガの影響をあまり受けなかったのかもしれないな。

――ここ20年ぐらい、マンガ家になる人が、マンガしか読まないでマンガを作ろうとすることが多いですね。

最近は「ゲームだけ」っていう人も多いね。ゲームの世界から広がって行くのもあります。それはそれで一つの世界は作れると思うけど、やっぱり底が浅くなってしまうかな。

わたしは宇都宮の方の芸術大学でマンガを教えていて、「マンガを読むのは大いに結構。好きなマンガはどれ?」ってよく生徒に聞いたりします。だけど、同時に「マンガだけ読んでマンガを描こうと思ったらだめだよ。文学、音楽、演劇、絵画――ピカソだとかセザンヌだとか、そういういろんな絵画も見て、いろんなものに感動する人間になりなさいね」って言ってます。「マンガだけ読んでちゃだめだよ」って。

――マンガ以外の文学作品を読み込んだのが、どこか素養になっていると。

そうですね。芥川、それから菊池寛。いろんな作品の中に、人間の喜びだとか、影の部分だとか、行間にふとそう言う表情が見えたり。空想しながら読んでるとね。

それから大事なのは「間」ですね、表現するときの。そういうことを文学から学んだなということは感じます。

 

――今先生にお話を聞いているだけで、いわゆる名作と言われている文学作品が自然と出て来るんですが、昭和20年代30年代の若者って、なんとなく、そういう本を読んでしまう雰囲気があったんですかね?

どうでしょうね。昔はスマホもないし、そんなにテレビもないし、映画を見るか本を読むか、あるいは舞台を見に行くか。わりと楽しみが限られてたってこともあるんだけど。

昔は貸本屋さんってのが、町内に一軒ずつくらい、お風呂屋さんの隣とかにあって、そこでちょっと本を2、3冊借りて帰る。そうすると、たいがい一晩で読んじゃうんですよ。それで、次お風呂屋に行くときに返す。一冊5円とか、そういう安く本が読めたりする環境もありましたから。まあ純文学みたいものは貸本屋さんにはなかったけども、そういうものは図書館で読んだりね。