フリー編集者の上松容子さんによる、名前だけ変えたドキュメンタリー連載「介護とゴミ屋敷」。都内でひとりっ子として育った上松さんが、父の急逝にともなって突然認知症を発症した母とどのように向き合っていったのかを綴っている。

義母と同居している上松さんが、認知症の母との同居をようやく許してもらったのは、認知症発症から3年以上経ったあとだった。それまでは母の実姉である伯母に母との同居を頼んでいた。しかし実は伯母も認知症だと後で判明。ふたりの暮らす母の実家はゴミ屋敷と化し、そこから脱却するのにも3年の時間を要したのだった。そこで上松さんが痛感したのは、たとえ発症前に清潔好きでていねいな暮らしをしていても、認知症だと衛生観念が飛び去ってしまうことがあるのだという現状だった。

現在、新型コロナの感染拡大で、介護施設もデイケアサービスをストップするところがある。より自宅での介護が必要となっている方々も多いことだろう。上松さんは果たして認知症の母にどのように「衛生管理」をしたのだろうか。

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いつの間にか、できないことが増えていく

今、世界は未曾有のウイルス禍で混乱の極みにある。新型コロナウイルスは、どんな条件で感染し、どんな機序で発症し進行するのか、治療できる薬剤はあるのか、予後はどうなるのかなど、すべてにおいてわからないことばかり。しかし他の感染症と同様、免疫力の低い高齢者や持病のある人が最も危険にさらされていることは間違いない。

高齢者の衛生管理が大切なのは常識だが、認知症老人の衛生管理には意外な落とし穴がある。相手が認知症だと、どんなことが起きるのか。認知症も十人十色なので、現れ方もさまざまだろうけれど、数年前の母との暮らしで起きたことがどなたかのヒントになればと思う。
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家に引き取った母・登志子が「低ナトリウム血症」で入院し、状態が改善されて帰ってきたときはほっとした。これで、やっと普通の三世代生活ができると思ったからだ。「登志子さん」が大好きな娘も喜んだ。
体調が戻ったので、母は食事も着替えもトイレも自立してできるようになり、これで「介護しています」というのもおこがましいような気がした。それほど、のんびりした普通の日常だった。

伯母との二人暮らしでは、実は料理をほとんどせず、ビールだけで栄養を摂っている生活だった。それゆえに「低ナトリウム血症」となっていたのだ。同居できたことで食事も上松さんが作れるようになってほっとしていた Photo by iStock

しかし、そう感じたのは私が油断していたからで、実は母ができることは少しずつ確実に減っていたのだった。

母は若いころから歯が弱く、歯医者のやっかいになることが多かった。家でもときどき息が臭うので、歯磨きをよくしてねと念押ししたのだが、どうも臭いが消えない。どんな磨き方をしているのか見ようと洗面台までついていったら、うるさいと追い払われた。母から見えないようにそっとのぞいてみると、歯ブラシでゴシゴシと数回こする程度で済ませていた。かつては歯を磨いた後に、水流で歯垢を落とすウォーターピックまで使っていたのに、面倒くさくなってしまったのだろう。仕方がないので、また歯医者にかかると痛い思いをするよ、と注意したら、少しはちゃんと磨くようになった。