『パラサイト』はなぜ映画史上の奇跡なのか?「水」が持つ大きな意味

格差映画はいかにして育ったのか
大島 育宙 プロフィール

『殺人の追憶』では雨の日に強姦事件が連続発生する。『パラサイト』の雨と通じるのは、不吉の兆候としての雨である。

『グエムル 漢江の怪物』でも怪物は水の中から現れるし、短編『シェイキングTOKYO』のクライマックスでは、地震で揺れるコップの水がクローズアップされる。

これら全ての例で「水」は忍び寄る凶事のモチーフだが、過去のインタビューでポン・ジュノ自身が「小学生の時に溺れかかったことがあって(中略)水に対する原始的な恐怖を刷り込まれた」と述べている(「ユリイカ」2010年5月号インタビュー)。

子供の頃の記憶という最も個人的な体験を、感情に直結した象徴として頻出させる。スコセッシの言葉をポンが固く守っている例である。

〔PHOTO〕iStock

『パラサイト』で「水」が最も機能するのは言わずもがな、貧富を分断する装置としてである。豪雨は金持ちにとっては「雲を洗い流してくれる僥倖」である反面、優雅なパーティーの間にも半地下は水没したままだ。二つの家が距離的にも標高的にもこんなに離れていたのか、と我々は豪雨の場面で初めて知らされる。

そして「臭い」に最も鈍感だったヨンギョが、汚水臭が追加されたギテクの臭いについに鼻をつまむ。「水」はあらゆる角度から弱者を追い詰め、分断を助長していく。ポン映画に伏流してきた「水」というモチーフが、文字通り洪水のようにダイナミックに前面に現れてきた格好だ。

 
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