このままでは、コロナ自粛は「国民が勝手にやったこと」にされてしまう

政治の「責任」はどこにいったのか
平河 エリ プロフィール

森友問題とコロナ危機に通底するもの

2018年3月7日。一人の男性が亡くなった。

赤木俊夫さん。享年54歳。近畿財務局の上席国有財産管理官だった。彼は、財務省の文書改ざんを苦にし、自死を選んだ。これは一連の森友学園問題における、最も悲しい出来事であった。

 

この直後で見る通り、赤木さんの死について、安倍晋三総理は国会で「責任を感じる」と述べている。しかし周知の通り、安倍総理はこの件について十分な調査を指示することも、自分の行動が自死の原因であるとして辞任することもない。

「責任を取る」「私の責任において」安倍総理はこれまでこうしたセリフを乱発してきた。

「責任」という言葉は大きく分けて、1.なすべき務め、2.失敗が生じた場合に責めを負うこと、という二つの意味をもつ。総理大臣が責任を負うといえば、ある問題を解決するためにあらゆる手段をとるか、失敗の原因は自身にあるとして職を辞すかの二つだろう。

ところが安倍総理が、この意味での「責任」に応じた例は極めて少ないと言える。それは、今の新型コロナウイルス問題への対応における政府対応の遅れにも如実に現れている。危機的状況にあって、「国民の生命・自由・財産を守る」という政治がなすべき仕事に、総理大臣が全力に取り組んでいるようには見えない。赤木さんの自死とパンデミックへの不十分な対応は、この点で通じるところがある。

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