4月24日 フランク=ヘルツの実験の論文が発表(1914年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1914年のこの日、量子力学の記念碑的実験として名高い「フランク=ヘルツの実験」の論文がドイツ物理学会に発表されました。

 

この前年にあたる1913年、ニールス・ボーア(Niels Henrik David Bohr、1885-1962)が有名な原子模型を確立しました。これは今でも原子軌道の大きさや電子エネルギーの目安を与えてくれる非常に有用なもので、のちにこの功績でボーアは1922年のノーベル物理学賞を受賞します。

ボーアの原子模型は原子のとりうるエネルギーが離散的である(とびとびである)ことを仮説として示したものでした。

これを実験で立証したのがジェイムズ・フランク(James Franck、1882-1964)とグスタフ・ヘルツ(Gustav Ludwig Hertz、1887-1975)です。水銀原子と電子を放電管のなかで衝突させ、測定した電流の大きさに周期的な減少が現れることを示し、量子力学を実験で確立させたのです。

フランク=ヘルツの実験で使われたガス放電管。写真では見えないが、チューブ内に水銀の液滴がある Photo by Public Domain

フランクとヘルツはこの功績で、1925年にノーベル物理学賞を受賞します。

しかし2人ともユダヤ系ドイツ人であったため、やがてナチス政権下において大学の職を追われることになります。その後フランクはアメリカへ、ヘルツはソ連(当時)へ渡り、それぞれ研究を続け、さまざまな実績を残しました。

James Franck and Gustav Hertz1962年、ノーベル賞受賞者が集まる会合で再会したフランク(左)とヘルツ Photo by Getty Images