新型コロナウイルス対策、政府はどこまで「自由」を制限できるのか

「公衆衛生」の倫理
児玉 聡 プロフィール

幸い、日本はまだ感染者数が約6700人、死者数も約100人と、諸外国と比べて被害はかなり少ない(厚生労働省サイト「新型コロナウイルス感染症について」4月12日12時時点)。とはいえ、都市部を中心に感染者数が急増しているため、予断を許さない状況にある。中国・武漢の大規模な都市封鎖など、つい数ヶ月前には対岸の火事だったが、4月7日には東京や大阪などで緊急事態宣言が発令されるに至った。

〔PHOTO〕Gettyimages

国内で重症患者が急激に増えた場合に病床や人工呼吸器などが不足する事態も危惧されており、「限られた呼吸器をどの患者に付けるべきか」という問題も真剣に議論されている。

非常事態と言ってよいが、感染症対策を始めとする公衆衛生に関して、我々は倫理的に何を、またどのように考えるべきなのだろうか。

 

公衆衛生と倫理

公衆衛生は、感染症の対策や健康増進などの予防活動を主とする実践と研究領域である。学校保健や母子保健などのように「保健」とも呼ばれるが、公衆衛生(public health)というその名の通り、市民全体(public)の健康を守ることが主な目的である。しかし、この目的を達成するには個人の自由を一定程度制約しなければならない場合があり、ここに倫理的問題や法的問題が生じる可能性がある。そこで、公衆衛生倫理という領域が近年注目されるようになっている。

医療と比較した場合の公衆衛生の大きな特徴は、病気の人だけがその対象ではなく、また、健康を守るための介入も医療的なものに限らないということだ。要するに、病院だけが公衆衛生の現場ではない。今回のCOVID-19対策でも見られたように、まだ感染していない人々が街中を歩くことを禁止したり、海外渡航を禁じたりするというような非医療的介入も感染症対策の柱の一つである。

ところが、こうした感染症対策の多くは、他人に危害を加えない限り個人の自由の制限は不当だとする「他者危害原則」だけではうまく正当化できない。他者危害原則は本来的に個人主義的であり、特定の個人が意図的に特定の誰かに危害を加える場合に一番当てはまりやすい。だが、集団のうちの誰かが別の誰かに害悪をもたらす可能性があるというだけで集団全体の自由を制約するのには向いていない。