新型コロナ危機、「日本批判」を何度も行ってきた私の反省

決断は難しい。人間は弱い。
堀 有伸 プロフィール

例えば、患者は自分の体調が悪化していることを自覚しているが、休むことを選択して体調の立て直しをはかることができない。

一つのことを選ぶと、もう一つの立場からひどく非難されているような気分になり、それを選択することができなくなる。

例えば、休むことを決断しようとすると、「なぜ働かないのか」という内面の声に脅かされる。逆もそうで、働き続けようとすると、「なぜ休まないのか」ということにとらわれ、気が休まらない。

そのような中で決断することが出来ず、ずるずると無為に時間と労力を消費し、最終的に顕在的なうつ病の発症にいたってしまう。

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なぜそうなってしまうのか、ということについて『メランコリー』の著者は、はっきりとしたことを書いていない。

私は、その理由の一つとして、「集団の空気に合わせる決断することばかり行って生きてきたので、複数の軸が存在する中で、自分なりの判断を行うことについての知的・心理的訓練がなされていなかったから」ことを挙げられると思う。

患者は、「働き続けることを勧める」人々の一員でもあるので、その期待を裏切るような決断をすることができない。同時に「休むことを勧める」人々の一員でもあるので、それも裏切れない。

 

『メランコリー』の著者は、こういう状況に陥った患者のことを、「同時に二つの地点にあろうとする人」と呼んでいる。厳しい言い方をすると、一人の連続した個人として、責任のある選択を行ってきたという歴史に乏しい。

しかし本人は、「周囲に合わせる優しさと責任感」という自分の善良さを、どこかで感じているかもしれない。そして次の瞬間には、そのような自分にナルシシスティックに満足している姿を自覚することを強く恥じて、内面での活発な自己否定を始めるだろう。そうして、現実の問題に対処することが結局はおろそかになる。