4月20日 第1回全日本自動車ショウ(1954年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1954年の今日、現在の東京モーターショーの前身となる「第1回全日本自動車ショウ」が日比谷公園で開幕しました。

東京モーターショーWEBサイト http://archive.tokyo-motorshow.com/show/history/history_01.html より

1954年というと、洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビを指した「三種の神器」という言葉すら、まだ定着していない時代です。当時、自家用車なんてほとんどの市民にとって夢のまた夢でした。

時の日銀総裁・一万田尚登(いちまだ・ひさと、1893-1984)も、欧米に対して日本が技術・生産面で大きく遅れていることから、自動車工業不要論を唱えていました。特に、「乗用車は輸入に頼るべきだ」という発言はよく知られています。

 

それでも、高松宮宣仁親王(1905-1987)が総裁に就任したこともあり、計254社が参加し、267台の自動車が出展されて大々的に開催されました。当時はトラックやバス、オートバイが各社の主力製品で、展示車両の9割以上は商用車でした(第5回くらいまで、商用車中心の展示は続きます)。

それにもかかわらず、ショウは10日間の会期にのべ54万7000人もの入場者を記録します。これをみた自動車業界は、景気が上向くにつれ乗用車需要も増えることを確信したといいます。

その後2度の名称変更を経て、「TOKYO MOTOR SHOW」は現在まで断続的に開催されています。特に1991年の第29回東京モーターショーは、史上最多となる200万人以上の入場者でにぎわいました。2019年に開催された第46回も、職業体験施設「キッザニア」やeスポーツとコラボし、第45回の倍近い130万人もの来場者数を記録しました。

第46回東京モーターショーで開催された、eスポーツ大会の様子 Photo by TOKYO MOTOR SHOW