コロナ危機で再確認した「人は意外と変わらない」という現実

「久松るす」に「コレラ一揆」…
田中 ひかる プロフィール

江戸時代の「お七風」と大正時代の「スペイン風邪」は100年以上の隔たりがあるが、「庄之助」のまじないは地域に生き続けていたのだ。「庄之助」が引っ張り出されるほどなので、明治時代の「久松」も、各地で復活した。

「久松 るす」「久松 おらず」という端的な表現もわかりやすいが、「庄之助さん」と敬称をつけ、「ここにはいません」と丁寧語を使うほうが、より効果がありそうだ。

もちろん、「スペイン風邪」流行当時はまじないのみならず、衛生的知見からマスクの装着やうがいも励行された。

内務省が作成した啓発ポスターには、「汽車電車人の中ではマスクせよ」「朝な夕なにうがいせよ」「病人はなるべく別の部屋に」という現在の新型コロナウィルス予防策と同様の文言が見られる。感染症予防の基本は昔も今も変わらない。

 

「入院すると生肝を取られる」

江戸の末期から、コレラもたびたび流行した。1877(明治10)年に横浜で発生したコレラは、国内で8000人の死者を出している。

コロナウイルス禍の最中にある現在の東京のように、人が集まる劇場や寄席などの営業が禁じられたり、コレラに効果があるとされた石炭酸が売り切れたりした。

コレラ患者を隔離したいわゆる「避病院」について、「入院すると生肝(いきぎも)を取られる」、あるいは「消毒は毒薬散布だ」といったデマが広がり、隔離政策に反対する「コレラ一揆」が起きた。千葉では医師が竹槍で襲われ、遺体が加茂川に捨てられるという事件まで発生している。