果てしなく広がる海。本の世界もまたしかりで、自然や生物、文化、歴史、哲学、冒険、あらゆる事象につながっていく。深い深い「本の海」へ、潜ってみましょう。

福岡伸一
「海は生命のゆりかごであると
同時に発想のゆりかごでもある」

『われらをめぐる海』
レイチェル・カーソン/著 日下実男/訳

著書『沈黙の春(Silent Spring)』で、世界の環境問題に早くから警鐘を鳴らしたアメリカ人女性海洋生物科学者・レイチェル・カーソンの代表作。

まずはこのタイトルがかっこいい。『われらをめぐる海』の原題は『The Sea around Us』。レイチェル・カーソンの本はどれもタイトルが秀逸です。海の誕生、海底火山の活動、それによって生まれる島々、そして海が生命の進化を育んできたことなど。今もなお、生命にとって必須の資源である海について、詩的な文章で綴った本です。

ガンに侵された彼女が書いた『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)は、自然に対する畏敬の念=「sense of wonder」を持ち続けることの意味を、祈りに満ちた表現で描いた絶筆の書です。こちらもぜひ読んでいただきたい一冊です。(早川書房)


『ドリトル先生航海記』
ヒュー・ロフティング/著 福岡伸一/訳

ドリトル先生は動物語が話せる博物学者(ナチュラリスト)。ちょっと脱力系の人ながら、生きとし生けるものに対して、公平で優しい視線を投げかけつつ、彼らの物語に耳をすませようとする。ドリトル先生に弟子入りすることになった少年、トミー・スタビンズくんの手記として書かれた本書は、謎のクモサル島をめざして大冒険にでかけるドリトル先生一行の大活躍を描く、わくわく感に満ちた物語です。

言わずと知れた児童文学の古典ですが、大人が読んでも充分楽しい。子どもが出会うべき理想の大人としてのドリトル先生、そして自然に対するフェアネスとは何かが語られているゆえに、長年にわたって読みつがれているのだと思います。新潮文庫版は福岡伸一による新訳。井伏鱒二による岩波版もあります(新潮文庫)。


『マリス博士の奇想天外な人生』
キャリー・マリス/著 福岡伸一/訳

マリス博士はサーファー。本書の表紙もサーフボードを手にしてカリフォルニアの砂浜に立つ写真で飾られている。マリス博士は科学界随一の一発屋。サーフィンをしたりガールフレンドとドライブするのが日常。

そんなある日、アイデアを思いつく。それは既存の知識を組み合わせたシンプルな化学反応だったが、誰も思いつくことがなかったもの。PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)と名づけられたその方法が分子生物学に革命をもたらした。PCRがなければ、ゲノム計画も遺伝子診断もDNA捜査もゲノム編集も成り立たなかった。

このアイデアひとつでマリス博士は無名のいちサーファーからノーベル賞受賞者に祭り上げられてしまった。そのときの新聞の見出しは「サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ!」。実に痛快な自伝です。(早川書房)

【PROFILE】
福岡伸一・生物学者

ふくおか・しんいち/1959年東京都生まれ。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。近著に『フェルメール 隠された次元』(木楽舎)、翻訳書に『ダーヴィンの「種の起源」 はじめての進化論』(岩波書店)、『ドリトル先生航海記』文庫版(新潮社)など。

【my beloved ocean】
ウッズホール海洋研究所から眺める大西洋、ヴェネツィア

【my ocean memory】
少年の頃から憧れていたコウトウキシタアゲハを見るため、台湾の南に位置する絶海の離島、紅頭嶼を訪れました。大型のアゲハチョウで、特に後翅は見る角度によって真珠色に変化するという幻の蝶。もう帰る時刻が近づいたとき、悠然と飛ぶ蝶に出会えました。黒と黄色の翅が真っ青な海を背景にして輝いていました。私は昆虫少年が昂じて生物学者になったので、自分の原点を再発見した喜びで、天にも昇るような気持ちになりました。