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危機の時代に「自粛しなかった人々」から学べること

国の圧力に屈した娯楽とその反発

新型コロナウイルスが感染拡大する中、いかがお過ごしだろうか。私はそれほど頻繁に出かけなくなったとは言え、「不要不急」の外出を全くしていないとも言えないので、もしかすると「自粛」していない側になるのかもしれない。

いまや各国の指導者たちが、新型コロナウイルスに対する社会の動向を「戦争」「戦時体制」に例えるなどしているが、たしかに日本の状況を見ていても思い当たることはある。

ここでは、日本政府や戦時下体制そのものより、それに従わず、あるいは「自粛」しなかった「非国民」たちの姿から何かを学ぶことにしたい。

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いつかは終わるとしても……

本題に入る前に、戦後日本の天災・人災と「自粛」について触れておきたい。私を含め、戦後の日本に生きる人々にとって、社会的な「自粛」とは何かを説明するのは難しいことだろうが、大まかな前例がなかった訳ではない。

個々の事例の詳説は避けるが、例えば3.11東日本大震災のときには「それらしい」ことは多々あり、(原発事故により電力事情も不安視されていたとはいえ)イベントや娯楽面での自粛が相次いだ。テレビでも多くのCMが流されなくなり、AC(公共広告機構)の映像ばかりになったのを記憶している方も多いだろう。

 

あるいは、昭和天皇の体調が悪化した1988年後半の「自粛」も特記できるだろう。天災でも何でもなく、単なる一人間の病状のみに社会が左右され、娯楽が町やテレビから消えて行き、死がその頂点となった。

当時を知っている人々には、「心から『自粛』したくて自粛した・それに従ったのか」少し思い出してほしい。ここに至ると、自粛は単なる痩せ我慢や表現規制の口実にすらなる。