新生活が始まらない学生たちの不安

過酷さということでいえば、教育現場も同様だろう。小・中・高校の休校措置がたびたびニュースで取り上げられるが、大学も今、混乱状況の中にある。新学期の開始時期をどうするか、刻々と推移していく感染状況を確認しながら、大学それぞれの規模や学部の特性に応じて、検討を重ねる日々が続く。

その中で、新入生は、本来なら開催されるはずだった入学式も、入学後のオリエンテーションもなく、新生活に導いてくれるはずだった教職員や同級生たちの顔も知らないまま、不安を覚えているに違いない。4年生は、就職活動に備え、キャリアセンターにも相談したい、就職面接対策もしたい、いろんな指南を受けたい時期なのに、それができなくなって、孤軍奮闘の思いを抱えている学生も少なくないだろう。
関連領域で働いている同業者からは、相談件数の急増に悲鳴があがる。医療崩壊の危機が叫ばれているが、心理支援の現場も厳しい現実にさらされ始めている。

期待に胸膨らませていた新生活が「スタート」していない学生も多い Photo by iStock

9年前、東日本大震災が発生した後、私たちは「がんばれ」ではなく「がんばろう」と言いながら励ましあった。「絆」という言葉があちこちにあふれ、人や地域や社会とつながりながら、苦境を乗り越えてきた。苦難を目の前にしたとき、みんなで手を取り合って分かち合い、一緒にそれを乗り越えようとする思い。覚えているだけでも、阪神淡路大震災以降、数々の大きな災害に見舞われてきた日本では、そういうものが無意識のうちに共有されてきた。そんな気がしていた。

それなのにだ。苦境の中にあって、でも、その苦境を乗り切るためには、「人との接触をできるだけ避けなければならない」と言われ続ける日々。ここにきて、「コロナ禍」という言葉が散見されるようになったが、苦境の渦中にあって、人と人とが、人と社会とが分断されてしまうという、この現状こそが「コロナ禍」だと思えてならない。