新型コロナ、韓国映画『パラサイト』が描いていた「感染症と排除」の関係

韓国映画の想像力
真鍋 祐子 プロフィール

『パラサイト』において、「欠損家族」と「娘殺し」のモチーフはむしろ物語の終わりから始まる。娘の死をきっかけに、はからずも殺人を犯したギテクは、その罪から逃れるために、大豪邸の秘密の地下室に逃げ込むことで、自分自身を家族から「欠損」させる。納骨堂でギジョンの遺影を前に号泣する半地下家族(チュンスクと息子のギウ)は、母ではなく父の不在がもたらした「欠損家族」だ。

刃傷沙汰から辛くも生きのびた息子ギウはある冬の夜、大豪邸を見下ろす高台でギテクが送るモールス信号を発見する。ギテクが忽然と消えたいきさつを悟ったギウは父という「欠損」を取り戻すため、大金持ちになり、必ずあの「高台の大豪邸」を買い取るのだと決意する。ここから「欠損家族」の欠けを取り戻そうとするギウの物語が始まるわけだが、はたしてそこに救いはあるのか。結末は観客たちにゆだねられる。

 

世界は、少女によって救われる

「沈清伝」と『グエムル』『パラサイト』に共通して見られる「欠損家族」と「娘殺し」のモチーフは、近年、日本でヒットしたいくつかの韓国映画にも見出される。やもめのダメ父とけなげな娘という取り合わせは、2018年に日本で封切られた『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)がその代表例だ。

1980年5月、タクシー運転手のキム・マンソプ(ソン・ガンホ)は、同僚が請け負った金目の仕事を横取りし、ドイツ人記者ヒンツペーターを乗せて民主化抗争が繰り広げられる光州へと向かう。政治意識の薄かったひとりの小市民が、軍隊が自国民に銃剣をふるう惨劇を目撃するなかで徐々に覚醒し、この重大な歴史的局面へとみずから参与していく。

ソウルの家に残してきた一人娘を案じるマンソプは、逡巡を重ねた末、光州に引き返して自身の使命をまっとうする道、つまり民主主義の大義と引きかえの象徴的な「娘殺し」を選びとる。ヒンツペーターと彼のフィルムはマンソプのタクシーに乗せられ、検問を突破し、命からがらソウルにたどり着いて無事国外へと持ち出される。

こうして全世界に向けて光州の惨状があばかれたことで、各国で韓国の民主化を支援する動きが活発化し、情報統制下にあった韓国の運動勢力との地下交流がうながされた。こうして光州民主化抗争は1987年6月の民主化宣言へといたる韓国民主化運動の礎となったが、『タクシー運転手』では、帰らぬ父をけなげに待ちわびるネグレクトされた一人娘が、じつは世界変革の鍵を握っているのだ。