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芸術においてなぜ「真摯さ」が問題になるのか

オブジェクト指向哲学と自閉症
大崎 晴地 プロフィール

「真摯さ」は非関係性に宿る

精神病の患者さんの中には本当のことを言葉にしてしまい、周りの人々を傷つけるといった場面が見られる。

これは文字通りの現実を言葉にすることだ。自閉症はコミュニケーションの障害や社会性の障害を指摘されるが、「普通の人」と呼ばれている定型発達の人が規則に対しては不真面目であることで「空気を読める」のに対して、自閉症は厳密な規則を文字通り守ろうとするあまり、空気が読めない。つまり真面目すぎるのである。

このとき、率直な態度をとる、正直すぎることで孤立する、他人との間に断絶を生むのだとしたら、「真摯さ」とは関係性にではなく、非関係性の領分にあるのではないか。

自閉症の常同行為ないし反復動作の症状は、言語の意味に関係なく、同じ言葉を反復的に書き続けたり、発声したりする。言語が意味の連鎖をなす通常の使用に対して、言語の記号じたいが目的化した自閉症的な言語がある。相手の質問に対してその言葉を繰り返すエコラリア(反響言語)など、言語がきわめて感覚的に使用されており、意味ではなく記号的なレベルでの物質的使用が見られる。

 

流れに対して自閉すること

筆者は普段、精神病の患者さんと作業療法の場でアートワークを行っているが、制作はもとより病院の廊下などに飾られた芸術作品を観賞しながら、そこで何を見ているのか言葉にしてもらうことがある。

そこでは異質な妄想的語りを聴く。いわゆる印象派のような絵画を前にして、全く別の視点で語られる。芸術作品の開かれたかたちとも言えるが、同時に全く例外的に作品を観賞したり制作することであり、一般化に抗するオブジェクト的没入があるということなのだ。

定型発達の人にとっての精神分析的な無意識の問題、オートマティスム(自動記述)的視点が現代芸術の近代的側面であるとするならば、より感覚のレベルでのオーティスム(自閉)的なあり方に、有史以前のオブジェクト性の問題が横たわっている。そこには文字通り、身体と心に率直にかかわるという意味で、ケアと芸術の分水嶺がある。

流れに対して自閉すること、それは近代社会の人間による言語の自立性に対して、それ以上に広い射程にあるオブジェクトの自閉性へと回帰することにある。芸術を人それぞれの解釈に開くことよりも、自閉的な視点で変化する感覚に「真摯さ」の問題があるのではないか。その経験をとおした異質な関係、生の固有の尺度がある。

カオスの流動的な世界に抗して、それを内側から、自分自身で繋ぎ止める視線に、現代芸術やアウトサイダー・アートの変遷があるのだ。

参考文献
大澤真幸「近代社会における芸術の精神的位置:動物行動学と精神病理学からの示唆」(『現代思想』vol.43-9、青土社、2015年)
細見和之『ベンヤミン「言語一般および人間の言語について」を読む』岩波書店、2009年
グレアム・ハーマン『四方対象:オブジェクト指向存在論入門』岡嶋隆佑監訳、石井雅巳、鈴木優花、山下智弘訳、人文書院、2017年
グレアム・ハーマン「唯物論では解決にならない:物質、形式、ミメーシスについて」飯盛元章、小島恭道訳(『現代思想』vol.47-1、青土社、2019年)
飯盛元章「断絶の形而上学:グレアム・ハーマンのオブジェクト指向哲学における「断絶」と「魅惑」の概念について」大学院研究年報第46号、2017年
松本卓也『創造と狂気の歴史:プラトンからドゥルーズまで』講談社選書メチエ、2019年
ド・マン『盲目と洞察』宮崎裕助、木内久美子訳、月曜社、2012年
上尾真道、牧瀬英幹編著『発達障害の時代とラカン派精神分析:〈開かれ〉としての自閉をめぐって』晃洋書房、2017年
小倉拓也『カオスに抗する闘い:ドゥルーズ・精神分析・現象学』人文書院、2018年

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