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コロナ危機の背後で急加速する「ポスト安倍」レース

小池百合子の野望は実現するか

緊急事態宣言により、コロナ対策は新たな段階に入った。

しかし、4月7日の安倍晋三総理大臣の記者会見は相変わらずだった。プロンプターに映し出された原稿を読み上げ、予定調和の質問に答える従前の形式である。

ルーズベルト大統領が大統領就任演説で使ったフレーズ(我々が恐怖すべきことはただ1つ、恐怖そのものなのである)や、メルケル独首相に倣い、市井で頑張る人々の個別具体的職業をあげて感謝をするものの、その言葉は全て「借り物」だとわかってしまう。そこに、未知なるウィルスに闘いを挑むといった迫力は感じられない。

会見を見ている人々には安倍支持、不支持を問わず「今日こそは、なんらかのサプライズがあるかも」との期待感があったはずだ。

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さすがにことここまできたら、危機感をあらわにし、感情をぶつけてくる瞬間があるのではないか。もしくはすでに痛み始めている国民生活に理解を示し、一律交付金等に多少の深堀りがあるのではないか、と。しかし何の変化もなく過ぎていく。

予定調和が崩れたのは会見中継の最終盤、手を挙げた外国人記者が指名され、新型コロナウイルス感染拡大への対策が失敗した場合、責任をどう取るかと問われた一瞬ぐらいか。

「私が責任を取ればいいというものではありません」

 

そこだけはついついいいかっこしいで口を滑らした「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」とし、公文書改ざんへとつながる森友問題を誘発したことから学んだのだろうが、この発言もすでに幾度も予行練習はされていたのだろう。