4月12日 核開発に反対するゲッティンゲン宣言(1957年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1957年のこの日、18人の核物理学者が西ドイツにおける核開発に反対する「ゲッティンゲン宣言」を発表しました。

 

東西陣営が軍拡に励む冷戦真っただ中の宣言でした。

そもそも核兵器開発の歴史は、1938年にオットー・ハーン(Otto Hahn、1879-1968)がウランの原子核分裂現象を発見したことに始まります。莫大なエネルギーが放出されるこの現象にナチス・ドイツやアメリカなど世界の強国が目をつけ、国家ぐるみでの核兵器開発競争になったのです。

とりわけアメリカは第二次世界大戦中、マンハッタン計画という非常に大規模な核開発計画に邁進しました。1945年には原子爆弾、1953年に水素爆弾の実験に成功するという驚異的なスピードでした。

核分裂の発見者オットー・ハーン Photo by Getty Images

戦後になってドイツは真っ二つに分裂し、東西ドイツは冷戦の最前線となりました。そして1957年、ゲッティンゲンにあるマックス・プランク研究所に所属していた18人の核物理学者が、「いかなる形でも原子兵器の製造、実験、使用には参加しない」と宣言しました。この18人の中には、あのオットー・ハーンの姿もありました。

残念ながら西ドイツにはアメリカ製の核兵器が、東ドイツにはソ連製の核兵器が持ち込まれることとなりました。しかし、当時のこの状況を考えれば、対立の最前線にいる科学者たちが自らの専門分野を活かして国家に協力することはないと宣言したことは、非常に大きな意義を持つと言えるでしょう。

核兵器廃絶はいつの日か Photo by Getty Images

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