旅作家・歩りえこさんのFRaU web連載「世界94カ国で出会った男たち」(毎月2回更新)では、ベストセラー『ブラを捨て旅に出よう』で綴られなかったエピソードをお伝えしています。

連載第6回は、かつて激しい民族紛争が繰り広げられていた「ボスニア・ヘルツェゴビナ」で知り合った男性との仰天エピソードを綴っていただきました。

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映画でしか見たことのない景色
国境を越えた途端に別世界が...

28歳の頃、東欧ボスニア・ヘルツェゴビナを訪れた。ボスニア・ヘルツェゴビナは1990年代に激しい民族紛争が繰り広げられていた国。東欧を一人で周っていた私はアルバニア共和国を出て、バスで首都サラエボへと向かった。

この一帯の貧しさ故なのか、バスの車内には暖房がついていない。暖房自体は完備しているらしいのだが、運転手に「寒くて死にそうだから暖房つけてください」と何度頼んでもつけてくれず……。東欧の冬は想像以上に寒く、零下20度の凍てつく気温の中、バスは夜通しひた走り続けた。

持参していた寝袋にくるまり、これ以上ないと言うほど厚手のコートも全く歯が立たない。このまま寝ると、翌朝凍死しているような気がして眠りにつくことすらできなかった。凍える身体をカタカタと言わせながらやがて朝になり、アルバニアからの国境を通過した。

マイナス20度にもなる深夜の極寒バスで寝袋にくるまり耐える。写真提供/歩りえこ

すると、おびただしい銃弾の痕が残る建物が次々と目に飛び込んできて、眠気が一瞬で吹き飛んだ。国境を越えた途端にまるで別世界だ。映画でしか見たことないような銃弾痕に圧倒されながらサラエボのバスターミナルに到着した。

早朝のターミナルはガラガラで急に不安になってきた。さっき見たばかりの銃弾のおびただしい痕が頭からこびりついて離れない。もうとうの昔に紛争は終わったはずなのに銃で撃たれる自分を想像してしまう

「怖い…」咄嗟に辺りを見渡すと、アニメ『スプーンおばさん』によく似た女性が一人道路に突っ立っている。タクシーでも捕まえるのだろうか? 一人で早朝タクシーを利用するのも怖いし、これは便乗するしかない!

すぐに駆け寄って「あの、早朝に一人タクシーは不安なので中心地に行くなら一緒に行ってもいいですか?」と尋ねると、スプーンおばさんはきょとんとした顔でしばらく私のことを凝視している。どうやら英語が全く通じていないようだ。

私はジェスチャーを駆使しながら「サラエボ!センター!バンク!ホテル!レストラン!ポストオフィス!」と中心地にありそうな施設を言ってみた。すると、ようやく私の言っていることを理解したようでニッコリ微笑むといきなり私に抱きついてきた。やばい…そっちの気があるのだろうか?

しかし、スプーンおばさんが突然ハグしたのは異国から来た20代女性が心細くなっているのを勇気付けようと「もう大丈夫、私に任せなさい!」と言った意味合いだったらしい。しばらくしてタクシーを捕まえるとスプーンおばさんは中心地に連れていってくれた。最後まで言葉は通じなかったものの、別れ際にまたギュッとハグをして安心させてくれ……冷え切った身体が少し温かくなった気がした

ボスニア・ヘルツェゴビナ人のおじいちゃん。写真提供/歩りえこ