# 経営

40・50代「大量早期退職」時代を生き残るのは、意外な人たちだった!

熾烈な椅子取りゲームが始まった
小野 一起, 冨山 和彦 プロフィール

ムラ社会での価値は「無価値」

小野 イギリスの社会学者のロナルド・ドーアは1973年の著作で、こんな指摘をしています。たとえばイギリス人に、あなたは、どんな仕事をしていますか、と尋ねると最初に自分は鋳造工であると「職種」を説明、次にブラッドフォードの人間であると「場所」になり、最後EE社であると「会社」の名前が出てくる、と。しかし、日本人に聞けば、自分は日立の社員であるが最初に来て、次に工場の場所、最後に鋳造工である、という順番になると。

つまり日本型経営では、XX社の社員である、ということがアイデンティティの最上位であり、どんな仕事をしているのかが二の次になってしまいがちです。

変革の時代に対応するには本来なら、経営者がプロ化する一方、現場の人たちのオペレーショナルな職種には終身雇用、年功序列が適用されているほうが、競争力が高まるはずですよね。ただ、日本企業の現状をみると、これが逆になっている。つまり、エリートを目指している人のほうが、会社の名前を先に話すような終身雇用、年功序列の仕組みが適用され、現場の人たちの職種が、非正規社員として、終身雇用、年功序列の枠外に置かれる傾向にあります。

冨山 常に外部、内供からの両面評価が必要です。自分のスキルや能力、仕事の成果が社内でどう位置付けられるのか、外部の労働市場でどんな価値があるのかを常に見極めていないといけません。特に、日本型経営では社内の評価、内部労働市場の位置づけがありまいです。

 

小野 要はムラ社会の中での金太郎飴のようなおじさんたちの「好きだ」「嫌いだ」で、仕事の評価をしているようではグローバル競争を勝ち抜けないということですね。特に経営陣を目指すような人たちは、外部性のある人材でないと会社が沈んでしまいます。

同時に、職務の内容を詳細に記したジョブディスクリプションが明確である必要があります。そこがあいまいだと、ムラ社会の中でなんとなく上手にやっている人としか外部的には定義できなくなってしまいます。

冨山 日本型経営の会社では大胆な人事を嫌います。きちんとした評価をすれば、評価で「差」がでるのは本来なら当然なんです。ただ、必ず不満が出て、不評になる。一方で、欧米のグローバル企業は、きちんとしたジョブディスクリプションに基づいて、仕事の成果を評価しています。

特にトップエリート層に対しては、そうです。実際に、人事評価に使っているエネルギーは相当ですよ。逆にきちんと説明できるように評価しないと訴訟されますからね。ある意味、日本型経営は人事評価に大きな労力をかけていないとも言えます。