「朝から都心ナンバーの車で渋滞」

もはや自分を含め、誰もが感染している可能性のある今、自分や自分の大切な家族のためだけでなく、他人や他人の大切な家族のための行動が求められている。ほんの数カ月前までは考えてもいなかった状況下において、私たち個々の良識が、2週間後、そして、それ以降の未来につながっていく。

という原稿を、編集者に送ろうとしていた8日朝、7時40分頃、伊豆の別荘地で半ば隠居生活を送っている仕事仲間からメッセージが届いた。

「朝から都心ナンバーの車で渋滞で溢れてる。自分の事しか考え無い輩が多くて困るよ。情け無いワ」

伊豆の東側・海岸線を通る国道135号線の写真(4月8日11時撮影)。7時前後は渋滞が生じていたという。別荘を持っているなら、そこで外出自粛をした方がよいということなのだろう

自分の身は自分で守るしかない。それはその通りだ。とはいえ、自分や自分の大切な人さえ良ければ、他人のことはどうでもいいのだろうか。世界中で多くの人が感染し、命を落としていてもなお、「自分とは関係ない」と現実から目を背けることができるのだろうか。身勝手な行動は、いつか自分自身にブーメランとして返ってくる。いまの「自分くらいいいだろう」という行動が新型コロナウイルス感染拡大の収束を遅らせる。

外出自粛要請下において、さまざまな新しい動きも見られた。無観客ライブやパフォーマンスの生配信、レストランのテイクアウト販売──。メディア向けの新商品の試飲会を、Zoomを利用したオンラインで実施するという企業もあり、「あ、面白そう!」とすぐに申し込んだ。そんな風に、多くの人が制限を自ら課したうえで、工夫をし、活動を行っている

悪意ではない、善意をベースにした行動であっても、現在の状況下で、「自分くらいいいだろう」はありえないということを、私たちは忘れてはならない。

「これは不要不急なのか」と真剣に悩みながら、多くのひとが行動している。私もそうだ。この取材は本当にいま必要なのかと考えながら、行動している。なかには、「不要不急」ではなかったものもあったと思う。とはいえ、いまは過去にさかのぼってその行動を悔やむよりは、「今までの人との接触から8割減らす意識」が大切なのではないだろうか。