「スマホをいじりながら話を聞く人」に怒ってはいけない理由

連載『問題発見力を鍛える』vol.6
細谷 功 プロフィール

そこまでいかないスマホの時代でも、そのような「積極的スマホ活用派」が増えてくれば、「お前スマホも持たずに手ぶらでボケっと人の話を聞いて、真面目に聞く気があるのか!」なんてことが「常識」になることだってないとは言えません。

少し極端な例を比較に出したかも知れませんが、ここから学べることは、すべてを常識で判断することは、新しい技術や生活様式(この場合はスマホ)によって、それまでの常識が覆ることがあり、それを発見する機会は、先の例のように「非常識である」ものを見たときの反応にあるということです。

 

「常識」が問題発見の目を曇らせる

ここから言えることは、常識は往々にして新たな問題、とりわけ先のように新しい変化が起こったときの新しい問題やイノベーションの発見に対しては否定的な方向に働くということです。

これはここまで本連載で述べてきた問題発見は問題解決の思考回路とは180度違うことの一例です。問題解決に必要なのは過去の知識や経験の比重が大きく、それはつまり「常識の有無」ということになります。ところが、問題発見には常識は邪魔なものとなる場合が多いのです。

この話を前回の「無知の知」や「無知の無知」の話と結び付けましょう。

新しい変化による行動様式の変化(先の例で言えば、「他人の話を聞きながらスマホをいじる」)を見たり聞いたりしたときに、自分の無知を自覚している「無知の知」の人は、そのような「理解できないもの」を見たときに、それは自分にとっての「未知の未知」であると認識します。

そして、「どうすればそれを理解できるだろう?」と考えて「なぜそんなことをしているのだろうか?」という問いに変えることでそこに新たな「問題」を見出します。

対して自分の無知を自覚していない「無知の無知」の人は、自分が理解できないものを見ると反射的に怒り出す、あるいはろくに事情も確認せずに相手の無理解を正そうと説教を始めてしまうのです。

これがまさに問題発見の瞬間で、「未知の未知」が「既知の未知」に替わった瞬間です。