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新型コロナ「感染者を道徳的に責める」ことが、危機を長期化させる理由

必要とされる「ペイシャンティズム」

政府の戦略を過大評価すべきではない

2019年12月に中華人民共和国の武漢で発生したCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)は世界的な感染拡大を引き起こし、2020年4月6日現在、感染者は全世界で127万3810人、死者は6万9459人にのぼっている。

日本は、最初の感染者が比較的早く見つかったのにもかかわらず、2月・3月と感染者数が増加するペースを比較的低いレベルに抑えられてきた。それでも、3月下旬に入り、都市部における患者数が目に見えて増加していることで、日本でも、医療崩壊やいわゆる「オーバーシュート(爆発的な感染者数の増加)」の発生可能性が高まっているという認識が広まってきている。

特に都市部での感染者数の増加ペースがあがっていることから、日本政府もようやく重い腰をあげ4月7日には緊急事態宣言が発表されるのではないかとみられている。

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そのようななか、夜の繁華街で感染が拡大しているという東京都の発表や、大学の卒業式に出席していた者を起点とした感染拡大が発覚したことで、感染者や感染していない人の行動を迂闊だと非難する声がSNS上で拡散されはじめている。この背景には、いよいよ自分たちも感染してしまうのではないかという不安の増大や、感染拡大が広がることによる生活への影響が具体的に想像できるようになってきた状況があると思われる。

今回の感染症と向き合っていくうえで、ポイントとなるのは政府の戦略や判断を過大評価すべきではないということである。自粛要請にしても緊急事態宣言にしても、それらは、私たちひとりひとりの行動を変容させることを目的としている。そのため、私たちの行動が変容しなければ感染拡大を防ぐことはできないし、逆に言えば、私たちが行動を変容させることができれば自粛要請も緊急事態宣言も必要ないということになる。

この際、専門家会議の声に耳を傾け、正確な情報を入手することは決定的に重要である。また、それに基づいて、私たちのひとりひとり日々の生活を見直すことは、それ以上に重要である。しかし同時に、私たちは、自分や他者による些細な行動がこの感染症の流行拡大に寄与し、また、他の人の命を奪う遠因になってしまうことを、ある程度どうしようもないものとして受け止め、許容しなければならない

そのような寛容な態度こそが、この感染症がもたらす危機を乗り越えるために必要不可欠となってくるからである。以下、この矛盾するようにも思える二つの主張(行動を変容させよ、しかし失敗をあげつらうな)を両立させる必要性について説明していきたい。