新型コロナ危機に、あなたは「日本人でよかった」と思いますか?

その「気分」を分析する
将基面 貴巳 プロフィール

「ニュージーランド人であることに感謝」

ロックダウンに入ってからまもなくしてSNSでしばしば見受けられるようになったコメントに “grateful to be a NZer”あるいは “grateful to be in NZ”というものがある。「ニュージーランド人であることに感謝」「ニュージーランドにいることに感謝」ということである。このような表現は、私がこれまで全く目にしたことのないものである。

一方、現代日本でも「自分は日本人でよかった」という物言いをよく耳にする。日本の料理の美味しさや日本での生活の便利さ、あるいは日本の四季折々の自然美に関して日本人がこのようなコメントを口にするケースが少なくない。

秋の京都〔PHOTO〕Gettyimages
 

そこで身辺のニュージーランド人たちに「“自分がニュージーランド人でよかった”と思ったことがあるか」と尋ねたところ、例外なく「そんなことを考えたことも聞いたこともない」という答えが返ってきた。

「なぜそのように思わないのか」と問い返すと、回答は様々だったが、その最大公約数は、一口にニュージーランド人といってもアイデンティティの根がニュージーランドだけにあるわけでなく、両親や祖父母など家族がイギリスをはじめとするヨーロッパ諸国だったり、マオリ族だったり、あるいはその混血だったりという具合に複雑だからだ、という具合だった。

しかし、そうしたなかにあって、ロックダウンに入るや否や「ニュージーランド人であることに感謝」という言葉を多くの人々が発するようになったのでいささか驚かされたわけである。

読者の中には、ずいぶんつまらないことに私が驚いているとお思いの方々もあろう。しかし、ニュージーランド人と日本人とが一見したところ、相似する所感を述べているようでありながら、その実、全く正反対の政治的態度を示している点が注目に値すると思われる。

結論を先取りしていえば、ニュージーランド人が「ニュージーランド人であることに感謝する」と述べる場合、ニュージーランド政府がいわば「サービス・プロバイダー」として優れた仕事をしていることに対する賛意を示しているのに対し、日本人が「日本人でよかった」という所感を漏らすときは、日本の文化や社会慣習について語っているのであって、日本政府の仕事に対する評価に基づくものではない、ということである。この点を敷衍しよう。