都内在住の西川純一さん(仮名・76歳)は、8年前に自分が下した決断を、激しく後悔している。
「会社をやめて起業したいという長男(当時37歳)を応援しようと、税制の特例を使って預金4000万円分を生前贈与したんです。貯金はわずかになりますが、細々と年金生活をしていけば大丈夫だと思っていました」
西川さんは、大手一流企業を定年退職しており、厚生年金や企業年金も比較的恵まれている。贅沢な生活は望んでいないうえ、持ち家もある。相続で多額の税金をとられてしまうくらいならば、今必要としている長男に贈与したほうが、「生きたカネ」になると思った。
また、西川さんには、ちょっとした「下心」があったのも事実だという。
「長男は妻子とともに都内のマンションに住んでいます。私たち夫婦に介護が必要になれば、『生前贈与』のお礼というわけでもないですが、しっかり面倒をみてくれるだろうと思っていました」
事実、8年前、簡単な「贈与式」の食事会を長男夫婦と行った際、長男の妻も「お父さんたちの介護は、私たちがやらせていただきますから」とにこやかに語っていた。
だが、すべては失敗だった。
「そもそも年金収入だけでは、生活が苦しくなってきました。車の車検代のような思わぬ出費や、家のリフォーム費用といったおカネが想像以上にかかり、残っていた貯金がみるみる減っていったのです」(西川さん)
4年前、西川さんの妻に認知症の症状が出始めたのを機に、西川さんは長男夫婦に「私の家で同居しないか」と持ちかけた。もちろん、妻の介護を期待してのことだった。
だが、長男夫婦の態度はそっけないものだった。
「起業した会社がうまくいっていない。夫婦で働かねばならず忙しいし、同居は難しいよ」
俺がカネをやったんだから、面倒をみてくれるのは当然じゃないか? 父親のプライドで、その言葉を飲み込んだ。