日本でも緊急事態宣言がようやく出される見込みになった。「自粛要請」では歯止めがきかない外出。海外と同じような強制はできないにせよ、強制力を感じさせる「宣言」のもと、東京のロックダウンの必要性が訴えられているのだ。感染拡大の急激な増大は「禁止」にしなければオーバーシュートして医療崩壊を招きかねない状況になっているとも言われている。

3週間前のフランスで、「自粛要請」があっても「バレないだろう」と「自粛しなかった」例を目の当たりにし、危機感を覚えて子どもたちを要請前から自主休校したほうがいいと決断、その2週間後マクロン大統領からの「外出禁止命令」が出て、現在20日間家を出ていないというのが、パリの北部に住むライターの下野真緒さんだ。現在の東京とも似ている直前の状況から「外出禁止」20日目のフランスより、リポートしてもらおう。

 「外出禁止」で一切外に出ていない

フランスで 'confinement( 『監禁』)'という外出禁止生活が始まり、20日目を迎えている。生まれてこのかた、20日間一切外出しなかったことがあっただろうか。

私には、フランス人の夫との間に小学生と保育園児の子どもがいる。フランスに10年、特に「フランス最初の感染震源地」とされるパリ北部のオアズ県に暮らして4年になるが、こんなことが訪れるなんて想像もしなかった。他の多くの人と同じように。

3月16日にマクロン大統領が行った宣言。これによって外出自粛は「命令」となった。しかしその直前まで、マスクをする人は増えながらも町には人が溢れていた Photo by Getty Images
上記のマクロン大統領による演説の前日、3月15日日曜日のパリの風景。「自粛要請」は出ていたにも関わらず、天気が良い日曜日こうして多くの場所で集合する人たちがいた Photo by Getty Images

晴天の日の家族での外出は、
「いつでもそこにあるもの」ではなかった

この20日間、冬はあっという間に終わりを告げて晴天続き。毎年この時期は雨が降るのに、今年に限ってたった一度しか雨が降っていないのだ。サマータイムも誰にも祝福されずに、先週あっけなく始まってしまった。夏時間が始まる4月1日の深夜0時、初めて「2時」が表示されず、いきなり「3時」になった決定的瞬間を目にした。

狭いアパートの窓からピクニック日和の空を眺め、去年の今頃、「毎年の恒例行事かあ」と半ばいやいや子連れで出かけていた自分の不甲斐なさを悔やんだ。
身体がなまるので、せめてラジオ体操第一、第二を子どもたちと一緒にやるのが日課になった。

毎年家族の恒例だった、近所の森林でのピクニックの光景。池の白鳥に子どもが生まれる姿を見に行くが、今年は残念ながらお目にかかれない。当たり前で平凡だった出来事も、2020年3月を境に夢のような日々へと変わった 写真提供/下野真緒

今、私の故郷の東京では、新学期が自治体によっては延期になったという話や、ロックダウンがまだなされない不安を抱えているというニュースを目にする。日本がフランスのようにこのまま感染者数が増加するのかどうか、専門家ではないから分からない。いや、専門家でも分からないのかもしれない。

私はフランスの感染者数が二桁になり始めてから、子どもを学校に行かせるのを自主的にやめた。何が正しいのか分からない状況の中で、それは我が家の孤独な決断でもあった。なぜなら、周りの子どもたちはまだほとんどが学校に通うのが「当たり前」だったからだ。