コロナで中止、上野公園「桜まつり」に隠された家族のヒストリー

もし、この一家がいなければ

上野公園内のとある場所に、奇妙な円形の構造物があるのをご存知だろうか。

上野駅の公園口改札を出て、東京文化会館を左に見ながら進むと「2号トイレ」と呼ばれる公衆トイレが見えてくる。そのトイレの裏手、広場へさしかかるところに設けられたスペースに、それはある。

筆者撮影

直径4m、高さ50cmほどで、大きな円の上に小さな円が乗っかっている。休日には多くの人が行き交う場所だが、ほとんどは目を留めることもない。一部の好事家のあいだでは、由来のわからない「ミステリーサークル」とも呼ばれているらしい。

今回筆者は、ある人物への取材を通してこの「ミステリーサークル」の正体を知るに至った。そこには、百数十年にわたる上野公園と人々の歴史、そして今では上野公園最大の行事となった「桜まつり」のルーツが隠されていたのだ。

 

公園の中に住んでいた一家

「住所が『東京都台東区上野公園』だけだったから、友達には驚かれました。小学生の頃には『キミ、家がないの?』なんて、男の子にからかわれることもありましたねえ」

内藤雅江さん(88)は、上野公園内に居を構えていたいくつかの家のひとつ、内藤家のひとりだ。昭和11年(1936年)に一家の長女として生まれ、青春時代を上野公園内にあった一軒家で過ごしたという。

内藤家があったのは現在の2号トイレの一帯。庭つきの日本家屋に、内藤さんと弟4人、そして両親の合わせて7人が暮らしていた。

話を聞かせてくれた内藤雅江さん(筆者撮影)