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「老後」を楽しむ「アネキ」

同じ70歳でも、すでに老後に倦んでいる人もいれば、新しい生活を開拓している人もいる。今のところ、前者のタイプは男性に多く、後者は女性に特徴的な気がする。

静岡に畑毛温泉というぬる湯の里がある。田んぼと僅かな住宅の中に、旅館がひっそり隠れている。現在は代替わりしているが、以前は老夫妻のやっている「高橋別館」という昭和な雰囲気の宿があった(現在は改修して「誠山」になっている)。

プールほどのぬる湯なので、湯船の中でいつまででも本を読んでいることが出来る。だから、読むものが溜まると、養生を兼ねて出向いていた。

 

ある日のお湯は60代の女性と私、二人きりだった。どちらからともなく話しかけた。

女性は退職後、温泉の一人旅をしている。週に1回とは驚いた。地方の寂れた鉄道を乗り継いで、北海道まででも行く。畑毛には低い山や半端に保存された遺跡があり、温泉の前後で散歩するところに事欠かない。宿にはウィスキーを持ち込み、温泉水を貰って水割りを楽しむ。

一度湯船を共にしただけの仲だが、この女性を私は「アネキ」と慕っている。温泉水で酒を割るのはさっそく真似したが、週1回の旅は現役の私では無理だ。それどころか、仕事と介護の難しい兼ね合いを生きてきた。

さらに言えば、大学と作家の二足の草鞋も、時に草鞋の紐が切れそうになった。

唯一確実に近いものが学問

いまだに思い出す夜がある。深夜に締め切りギリギリで小説を書き終わった。寝酒でも、と思ったとたん、気がついた。フランス語作文の添削を数十点抱えており、期日は翌日だった。作業を続けているうちに夜が白んで、そのまま授業へ行った。

酒場から授業へ、というのは残念ながら無かったが、病院から大学へ通う、というのもよくやった。食道がんを患った恋人を送り、父を送り、母の段階で、私のほうが倒れてしまった。大腸がんの手術と化学療法をやりながら、母も送った。今はあと2年に迫った退職を待つばかり。

「アネキ」の影響が強いので、私も温泉巡りを考えている。ただし、お金かけずに手間暇かけて、がモットー。自炊可能な湯治場を巡り、寅さんのマドンナのように、温泉場ごとに茶飲み爺さんをキープするのだ。

同時に、今さらだが、勉強がしたい。慌ただしく生き散らかしてきた人生で、昔学んだはずの基本がどこかに飛んでしまっている。中途半端なラテン語をやり直せば、老いについてのキケローの名文を楽しむことも出来る。

確実なものなど存在しない世の中で、唯一確実に近いものが学問である以上、頼りの杖として関わっていきたい。