栄養状態が改善され、
愛されキャラが戻った

母はもちろん、即刻入院となった。
低ナトリウム血症では、認知症が進んだような症状も出るそうで、ゴミ屋敷時代より悪くなったような印象を受けたのは、そのせいだったらしい。

母は10日間入院し、点滴を受け、病院食を残さずきっちり食べ、回復していった。認知症だから、受け答えはトンチンカンだったりするけれど、人懐こくてお人好しで世話好きなので、ナースステーションにもウケがよかった。最近目が疲れて困る、とこぼしていたナースに「薬屋さんに目を温めるマスクがあるのよ、あれ、いいわよー」などと世間話をする。担当のナースに冗談を言い、笑い合い、仲良く歩く。昔ほどの豊かさではないにしろ、彼女らしい表情が戻っていた
このときの検査をもとに、改めて認知症の診断を受けた。私の住む自治体で介護申請をする準備もできた。

退院の日、ナースたちに名残を惜しんで手をふり、母は外に出た。風の強い日だった。最寄りの駅にたどり着いたとき、突風が吹きつけた。軽くなった母が飛ばされてひっくり返ってはたいへんだ。母の片手を慌ててつかむ。

と、母は私の手を振り切り、両腕をやっこ凧のように広げ、片足を引きずりながらヒョコヒョコ走り始めた。「わああ、風だあああ、わああ、風だあああ」と叫んで、向かい風を受けている。小さな子どもが、本気で鳥になろうとしているようだ。すれ違う人たちが二度見するのも気に留めず、横断歩道を小走りに突っ切って行った。
私のお下がりのぶかぶかなトレンチコートが、音を立ててひるがえっていた。

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【次回は4月21日公開予定です】

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