父の急逝後、それまで「ていねいな暮らし」をしていた母・登志子が突然認知症になった。同居している義母の反対で預かることができなかったひとりっこの上松容子さんは、母の実姉であり、母の実家に暮らす未婚の伯母・恵子に母との同居を提案する。伯母の快諾に安心したものの、実は伯母こそ認知症を患っており、二人の家はゴミ屋敷と化していた。

そこから脱却するまでに3年かかり、伯母の怪我を機に実家を売って伯母の将来の費用に充てるしかないと考える。片や義母の反対をようやく説得でき、同居が始まったが、そこにまた大きな問題が生じていた――。

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認知症が悪化? 無気力な母に驚く

家に呼んでよくよく眺めてみると、私が思っていた母と何かが違っていた。
もともと身長146センチ程度だったのだが、しぼんでさらに小さくなっていた。身長は140センチあるかないかくらい。体重は30キロに満たないくらい。見た目も衰えていたが、なんといっても無気力さが強まっているように感じた。教科書編集者でバリバリのキャリアウーマンだった女性が、捨てられた人形のように、毎日ベッドで力なく横たわっている。何を話しかけても、気のない返事が返ってきた。

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楽しみと脳への刺激を兼ねて、塗り絵をやったらどうだろうと、脳トレ用のきれいな塗り絵本を買ってきたが、パラパラめくるだけで手が動かない。文章を書くだけでなく、絵を描くのも大好きだった人が、まるで関心を示さないのだ。これが、認知症における無気力(アパシー)というものかと、こちらまでが暗澹とした気分になった。

ゴミ屋敷にいたころもこうだったかなあと、記憶を辿ってみるのだが、ここまでではなかったような気がしていた。

ある晩、母が風呂に入ったときのこと。本来ならいっしょに入って背中を流したりするのだろうが、プライドの高い母がそれを嫌がるので、ときどき風呂場に見に行くだけにしていた。のぼせていないか、倒れていないか、確認できればそれでいい。家を建てるとき、風呂やトイレなど気になるところはバリアフリーにしたし、手すりも付けたので、万が一倒れてもひどいことにはならないはずだった。

母が家に来てから1週間ほどたったその日、家事の手が放せず、母が風呂場に下りていってから、10分ほどあいてしまった。しかたないので、当時9歳の娘に偵察を頼んだのだが、とんぼ返りで駆け上がってきた。

「登志子さん、なんかヘン!」