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「森友事件」の籠池泰典がはじめて明かす、日本会議「草の根の凄み」

戦前・戦中が静かに甦る

保守主義者になった原点

国策不捜査 「森友事件」の全貌』は政界を揺るがした森友学園の補助金不正受給に関連して詐欺容疑で2017年7月31日に逮捕、起訴され、'20年2月19日に大阪地方裁判所で懲役5年の実刑判決を言い渡された籠池泰典氏の回想録だ。

籠池氏は判決を不服として大阪高等裁判所に控訴した。事件に関する籠池氏の主張が記述の大半を占めるが、評者にとって興味深かったのは別の点だ。それは、地方で自民党を支える「草の根の保守」の内在的論理がわかりやすく示されていることだ。

〈自分が保守主義者になった原点は(中略)、父の「国運の発展、国力の増強のために寄与せよ」という言葉である。

奈良県庁に勤めたことも結果的に大きかったと思う。県庁がある場所は、目の前に興福寺があり、東大寺や春日大社といった由緒正しい神社仏閣も間近に位置し、この国の伝統文化の息吹を日々感じることができた〉

 

籠池氏の神社仏閣に伝統文化の息吹を感じるという認識が重要だ。籠池氏においては、神仏が融合して神々となっている。このような宗教混淆は神道の特徴だ。

籠池氏は、神道と日本文化を同一視している。保守派、リベラル派の政治的区別にかかわらず、このような認識を共有する日本人は少なからずいると思う。

実はここに「神道は日本人の習俗である」という神社非宗教という言説で、事実上、国家神道を国教にしてきた戦前・戦中の宗教観との連続性がある。神社非宗教という論理に立てば、キリスト教徒でも仏教徒でも、日本人であれば習俗として神社を参拝せよという結論になる。