コロナ危機の深層〜「批判を避ける」ために、他人を煽っていませんか

信頼を失っていく言論
與那覇 潤 プロフィール

もちろんコロナウィルスへの罹患も避けるべきだが、もっと大事なのは「批判」を避けることだ。そのためには政治家であっても、自分からは決断しない。むしろ「頼む! 緊急事態宣言を! 都市封鎖を!」といった声が民間から湧き起こり、いわばそれに「推された」形で強権発動に踏み切ったほうが、後々の批判を避けられる——。よかれ悪しかれ、そうした計算は政権中枢でもなされているのではないでしょうか。

昔、歴史学者として専門家と詳しく検討したように(『日本の起源』 太田出版)、こうした「周囲からの推挙」に基づく権力行使こそを妥当とする発想は、古代の豪族から戦前の元老政治にいたるまで、この国の社会に埋めこまれてきた正当性の感覚に根ざしています。

ちょうど半世紀前、作家の三島由紀夫は戦後民主主義をウィルス(正確な三島の表記ではバチルス)に喩えて物議をかもしましたが、今日に至るまで蔓延しているのはむしろ、決断のタイミングを空気に委ねる「日本型意思決定」のウィルスに他なりません。

 

「安全第一」の言論人は役に立たない

被害の最小化よりも「批判の最小化」を優先して政治が行われるのは、時として困った事態を生みますが、少なくとも今回のコロナ問題に対しては、結果的にパニックを抑えることに貢献したのではないかと思います。

人口比で見るかぎり、他の先進国に比べて日本の感染者数は少なく、「昨日は何人が感染!」とショッキングに報道される数字も、院内感染者や海外からの帰国者等、特殊な状態の人を多数含むことがしばしばです。BCGの接種など、防御上の効果を生んだ可能性のある日本の特質については海外でも検証が始まっており、経済崩壊のリスクと表裏一体の「果断な決断」が求められる状況とは少し思えません。

むしろ問題は、有名と無名とを問わず、決断のリスクすら背負っていないのに「自分が批判されないこと」を最優先してポジション・トークをする人たちです(狭義の言論人のみでなく、一般のSNSユーザーも含みます)。みんながパニックに陥って自粛や封鎖を叫んでいる今のタイミングなら、同様に振る舞っておけば「自分だけ」が叩かれることはない。そうした行為の連鎖はパニックを加速させますが、とにかく批判の矛先が自分に向くことはないので、「安全」なのです。

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