全国民が唖然…「マスク2枚」で完全に露呈した安倍政権の「闇」

なぜ誰も止めなかったのだろうか
井戸 まさえ プロフィール

「申請主義」からの脱却と「世帯単位」の問題点

「マスク2枚」配布は日本の政策に珍しく「申請主義」を超えたものである。それ自体は画期的なことではあるが、配布される内容が「マスク2枚」で脱力する。

マイナンバー通知の際には同じように「世帯主」にまとめて世帯全員の通知が送られてきた。各種選挙の際も同様である。政府は当然ながら国民の情報を持っているがそれを使わない。「やれない理由」は多々あるのだろうが、梱包代や郵送代も含めて、危機を前にして最優先で行うべき政策なのかは疑問である。

また「世帯」ごとの管理には問題も大きい。「世帯」主義のもとは「戸籍」にあることは明らかである。日本の戸籍制度は家父長制から脱却したと言いながらも、それをさらに核分裂させた「夫婦と未婚の子」という単位で戸籍編成を行っている。

そこにはなぜか「筆頭者」も残った。戸籍の本籍地は当初は居住地だったが、途中から一族郎党をつなぐ「インデックス」となり、実態を現さなくなった。

だからこそ早々に「住民票」という登録制度が必要となり、「筆頭者」の代わりに「世帯主」を置き集団管理体制をひくことにする。それでも国民管理ができないので「マイナンバー」ができたという経緯である。

そうした中で「世帯主」あてに送られるマスク。例えば5人家族であればうち2枚を誰が使うのかを判断するのは送られてきた宛先の「世帯主」の役割となるのだろうか? 宛先が「世帯主」であるならば、そのマスクは横流ししようが、世帯主が独占しようが良いということなのだろうか?

児童手当の時にも議論になるが「世帯主」に給付がされると実際に養育しているDV妻には行き渡らず世帯主である夫が独占し、育児に行き渡らないということも問題となる。

「マイナンバー」には前述通り議論もあるが、少なくとも登録は「個人単位」となっている。マイナンバーは住民票をもとに作られているから、それを辿れば個別に送ることも可能なのである。個別に送るほどの数がないとか、同じ住所に1枚ずつ送るのは非効率もあるだろうが、ならばもっとそもそもも一世帯「マスク2枚」という対応が妥当なものかどうかを問うべきなのである。

 

税金は「個別」給付は「世帯」。日本では税金の入りと出が必ずしも一致しない。財務省優位がここにも表れているのである。

「世帯給付」という福祉の現場で言われてきた問題点を放置したままでは、危機に直面した時に本当に困っている人を助けられないのである。