また大炎上…安倍昭恵夫人はなぜ過去に「学ばない」のか

国民が巻き込まれる壮大な「自分探し」
井戸 まさえ プロフィール

河井案里氏との共通点

「『私』を生きる」という意味では昭恵夫人と河井案里参議院議員に共通点を見ることができる。

彼女たちは衆議院議員を夫に持つ妻、いわゆる「代議士の妻たち」だ。そのありようは特にここ10年で大きく変わったとも言える。「代議士の妻」が選挙に挑戦することが珍しいことでなくなったのだ。

詳しくは拙著『候補者たちの闘争』(岩波書店)に譲るが、夫の収監中のいわゆる「身代わり」や、突然の死亡で後継者の年齢が立候補要件に達していない時等の「中継ぎ」で「代議士の妻たち」が国政他に立候補することは珍しいことではない。

が、本格的に「妻」たちが政党の候補者リクルートの対象となり、また彼女たち自身も積極的に議会を目指すようになったのはごく最近のことだ。

1962年生まれの安倍昭恵氏と1973年の河井案里氏には11年の開きがあるが、この年月はまさに政界において女性が候補者としてアクセスできる可能性が広がった時期とも重なるのだ。たとえ政治的な課題を感じても昭恵氏には「議員になる」という選択肢はそもそもなかっただろう。

加えて言えば、「代議士の妻」として周りからの「世継ぎプレッシャー」も相当なものだったのではないかと推測する。独自の仕事や活動を通じた夫の選挙地盤への貢献はそうした社会的圧への抵抗の意味もあったのかもしれない。

 

河井案里氏はまず広島県議会になることでその機会を得た。もちろん基本は夫の地盤固めの一環、政治的理由の方が大きいものだっただろう。

しかし、アンペイドワークの極みである無報酬の秘書「政治家の妻」から、議員報酬を得る立場となるのは違うし、それなりの経験も詰めたことは確かだろう。が、「夫の補完」としての役目からの逸脱できぬまま、参議院議員に立候補。

たとえ、国民の負託を得た1議席であってもそれはあくまで妻の名前を冠した「夫の議席」なのである。結果、今回の事件に巻き込まれているとも言える。