日本企業で「ごますり野郎」と「ヒラメくん」ばかり出世する本当のワケ

年功序列と終身雇用はなぜ死なない…?
小野 一起, 冨山 和彦 プロフィール

「役職定年」と「成果主義」の本当の狙い

冨山 製造業でいえば、破壊的なイノベーションはアメリカの自動車メーカー、フォードが生み出した大量生産方式で終わっています。トヨタもホンダも立派な会社だと思いますが、破壊的イノベーションは生み出していません。電気だってエジソン以来ないでしょう。

ただ、日本型経営が生み出す改良的イノベーションが継続して付加価値を生み出していた時代は生産性の上昇につながりました。だから家電メーカーの「三種の神器」はものすごくヒットして世界を席巻した。会社の急成長で内部労働市場が拡大を続け、大きな雇用を生み出しました。

小野 逆に言えば、日本経営が持続するためには組織が拡大を続けなければいけないということですよね。

冨山 そうですね。昭和の時代は、組織の拡大を前提に社会保障制度の充実など日本的経営の制度が強化された。そこで、国内市場が飽和してくると日本企業は海外展開に動いたわけです。

しかし、海外に出ようとすると壁に直面する。なぜなら、海外は日本的な経営ではないからですが、そこでも日本企業は日本的経営を海外でそのまま実践するというモデルに取り組んできたわけです。たとえば、トヨタがアメリカのケンタッキー州に日本式の自動車工場を作ったりする。自動車産業は改良型イノベーションが優位な時代が続いたので、ある段階まではうまく機能したわけですが、それがデジタル化やフルのグローバリゼーションの時代になるとまったく通用しなくなる。

 

小野 一方で、終身雇用と年功序列の仕組みそのものを「改良」して、日本的経営の耐用年数を伸ばした面もありますよね。役職定年とか成果主義のような仕組みを導入して。

冨山 ずっと上昇していた年収をある一定年齢で頭打ちにしたわけです。成果主義もある種の賃下げの側面もありますから。オイルショック以降の1980年代以降に、こうした日本的経営の改良が進んで、延命させたんです。

いま「たられば」を言うならば、あの時点で日本的経営のフルモデルチェンジをしていれば良かった。それなのにむしろ、逆になってしまった。手段の目的化が進んで、さらに、終身雇用と年功序列が固定化してしまったわけです。

日本的経営の一番根本的な部分にメスを入れることはタブーになってしまった。過去の栄光を振り返って、終身雇用、年功序列の日本的経営を礼賛する動きが広がった。そもそも「日本的経営」という言葉が頻繁に使われるようになったのは昭和の終わりごろだと思いますよ。