日本企業で「ごますり野郎」と「ヒラメくん」ばかり出世する本当のワケ

年功序列と終身雇用はなぜ死なない…?
小野 一起, 冨山 和彦 プロフィール

「第二次大戦後」に適した制度だった

小野 社内で、場所のない中高年社員を揶揄した「窓際族」という言葉も1978年には記事中に出てきます。オイルショックで高度成長の終わりがはっきりした段階で、終身雇用、年功序列が揺らぎ始めています。そのことが、1980年前後には大半のサラリーマンに認識されていたのではないでしょうか。

〔photo〕iStock

冨山 もともと終身雇用、年功序列は第二次世界大戦後の労働力不足の状況の中で、自然発生的にできあがりました。当時は多くの労働者を集め、長期的に会社に定着される仕組みとしては効率的だったわけです。つまり、はなから終身雇用、年功序列に特別な制度的な根拠があったわけではないというのがポイントです。

しかも、これは皮肉な展開なのですが、むしろ産業の状況に適合しなくなった時期になってから終身雇用と年功序列の制度的な枠組みが強化されていった経緯がある。具体的に言えば、社会保険、介護保険、退職金に対する税金などがそれで、たとえば退職金の税金の控除額が長年勤めると大きくなる仕組みなどです。1980年前後は、むしろ終身雇用と年功序列の制度的な枠組みが強化され、制度として延命させたわけです。

小野 野口悠紀雄さんは、終身雇用と年功序列は1940年の国家総動員体制が生み出したと指摘しています。これが、第二次世界大戦後の高度成長期にはとてもフィットした。つまり、欧米が生み出した製品を安くより高性能にするという目標がはっきりしている中で、家電の三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)を頑張って製造、販売するには優れた組織体制だったということですね。

 

冨山 そもそも、終身雇用という言葉も年功序列も企業別組合という言葉ももともとは英語なんですよ。ジェームズ・アベグレン(James Christian Abegglen)が英語で作った言葉を日本語に訳しているだけです。

アベグレンは日本型経営の雇用の仕組みをライフタイム・エンプロイメント(lifetime employment)って英語で名付けた。当時はだいたい定年退職から5年くらいで平均時寿命ですよ。今みたいに人生100年じゃないですからね。だから「終身雇用」という日本語に訳された。

つまり、終身雇用と年功序列はアメリカ人によって概念化され、制度的に怪しくなり始めたころに、日本人の手によって社会保障などの制度として強化されていったわけです。