みようみまねで食べた、
ホワイト・アスパラの味

「ボン・ナペティ」という言葉さえ知らなかったのだから、巨大なホワイト・アスパラの食べ方が私にわかるはずがない。のちに夫になった彼と、フランス人が何やらしゃべっていたが、私はまるで借りてきた猫のままである。あのとき未来の夫に、フランス人がいっていることを翻訳しろといえていたら、私の人生も今とはちがっていたことだろう(夫に私は、たのみごとをしない。それが妻としての最大の欠点であることに、最近になって気づいた)。そんなことより、私のまえにいたアイビーの食べ方をまねて右手にナイフ、左手で熱々のホワイト・アスパラを持った。

ナイフでアスパラの皮をむく自分の手元をみながら、彼らの様子をうかがうことに全神経を注いでいたのだった。一本皮をむいてはお皿にもどし、やはり銘々にあてがわれていた紙のナプキンで汚れた手を拭く。ナイフでどうにかむいたアスパラを皿の上で切って、ドレッシングをからめて口に運んだ。一本食べて、つぎの一本に取り組む。彼らがしていたとおりを、私はまねた。四人のお皿に四つの湿った白い木屑のようなホワイト・アスパラの皮の、山ができて前菜が終わった。

あの晩の食卓を、何度思い出したことだろう。それはしめやかな格闘にも似た、ホワイト・アスパラとの出会いだった。味がどうのというレベルにいたらなかったことが、これでみなさんにも伝わったろうか。

ホワイト・アスパラとの初回戦についていえば、食べ方がわからなかった私の完敗だった。食卓用のナイフで皮をむくのは、とてもむずかしかった。そのせいで、春先に市場の八百屋さんの店頭にうずたかく積まれる、ホワイト・アスパラをみても買う気が起こらなかった。ところがそんな私にしばらくして、転機が訪れたのだった。

春先、パリのマーケットにはホワイトアスパラガスがうずたかく積みあがる Photo by iStock