初めて招かれた夕食の席で

パリに到着した数日後、正確には3日目の晩だった。のちに夫になった彼のフランス人の友人夫婦が、私たちを夕食に招いてくれた。名前は男性がアイビーで、女性がシルビー。何度か私のエッセイに登場してもらっている、私のフランス人の友人第一号のカップルである。

フランス人の「おもてなし」はなにより自宅に招くこと。ゴージャスな料理を並べるのではなく、自分たちが心地よい空間に招き入れることが信頼の証なのだ(写真はイメージです)Photo by iStock

言葉がまったくわからなかったあのときの私は、笑う以外になす術がなかった。夜の8時に彼らの家についてから延々4時間、ただただにこにこ笑っていた。終電車に乗り遅れ、歩いて帰ったことを思い出す。

話が前後するが、木製の階段を上がり、「トントントン」とフランス式に強く叩くと、扉が内側に開いた。初対面の彼らは、私よりだいぶ年上にみえた。彼らが私たちより5歳ずつ若いということを、あとになって知った。

テーブルも、かかっていたカーテンも食器も、何もかもがパリではじめてみるフランスでフランス人が使っているものだった。そんな私のまえにぼんと、湯気の立つホワイト・アスパラが運ばれてきたのだった。

直径が二センチ以上で、長さが20センチほどある巨大なホワイト・アスパラをみたときの衝撃たるや、たいへんなものだった。アスパラだといわれるまで、茹でたての熱々の真っ白な棒のようなものの正体がわからなかった。私があのころ知っていたのは、コンビネーションサラダを注文するとかならずのっている缶詰や瓶詰の、ふにゃふにゃした乳白色のアスパラと、グリーン・アスパラだった。生のホワイト・アスパラが世の中にあること自体、思いもよらなかったのである。だからなおさら、大皿の上に横たわる太いホワイト・アスパラがすさまじい存在感で、私に迫りきたのだった。

続いて黄色いドレッシングらしきものがたっぷり入った器が、テーブルの真ん中におかれた。ふたりのうちのどちらかがいった「ボン・ナペティ」、つまり「いただきます」を合図に食事がはじまった。あれが私にとってパリではじめての、フランス人に招かれた晩の、記念すべき晩餐になったのである。