危機の時代に復活する「半沢直樹」という希望〜池井戸潤さんインタビュー

JUN IKEIDO

池井戸 潤

2020.07.11 Sat

国民的人気ドラマ「半沢直樹」の続編がスタートする。振り返れば、「半沢直樹」シリーズは2013年、東日本大震災、福島第一原発事故のショックを引きずる日本社会で一大ブームを巻き起こした。理不尽な組織闘争に負けない強さ、「倍返し」を狙って挑戦を続ける半沢の姿は多くの人の希望となったのである。そして、新型コロナウイルスショックで世界中が危機的状況を迎えている今、再びあの男が帰ってくる。

激動の時代は半沢を求めているということだろうか。講談社文庫で全てのラインナップが読めるようになり、さらに注目度が高まる「半沢直樹」シリーズ。原作者の池井戸潤さんが、「半沢直樹」が立ち向かった常識への挑戦や小説のリアリティ論、世代論への違和感を語る。

(文:現代ビジネス編集部、写真:草野庸子)

――『半沢直樹3 ロスジェネの逆襲』は、高視聴率で話題になった前回ドラマシリーズ(2013年)の続編、今年始まるドラマの前半部の原作です。前回のドラマのラストシーンは、半沢が出向を命じられて終わりました。多くの視聴者が続きを待ち望んでいたと思います。

あの最終回には驚きましたし、周囲からもびっくりした、という声を多くいただきました。僕も脚本は読んでいますが、ドラマは「決定稿(最終台本)」から変わっているんです。「あれ? これで終わりだっけ。確かまだ続きがあったよな……」と思っていたら、それで終わり(笑)。

ロスジェネの逆襲は確かに続編ではありますが、どの本から読んでも、「半沢直樹」シリーズを楽しんで読んでもらえるよう工夫して書いていますので、まだ読んだことがない方は、途中からでもぜひ手にとっていただきたいと思います。

金融物だというだけで、読者のハードルはとても高くなりがちなんですが、だからこそ、あえて複雑なストーリーにしていません。ためしに冒頭部分でも少し読んでみてください。思ったよりとっつきやすいと思うはずです。物語は、現代サラリーマンのチャンバラ劇です。ビジネスパーソンだけでなく、学生さんや主婦の方にも爽快に読んでほしいと思っています。

――「半沢」シリーズはどうしてここまでの大きな反響が広がったのでしょうか? 作者として思うことがあればぜひ教えてください。

理由はわかりません。もちろん自分で「これは面白い小説なんだ」と信じて書いているのは確かですが、そういう作品がコケることは、小説に限らずエンタメ世界では日常茶飯事ですから。逆にあれだけウケたのは、不思議ですね。どうしてでしょうか。

理由はどうあれ、半沢直樹というキャラクターが、広く一般の方に受け入れられたことは嬉しい限りです。なぜ好評を博したのか後付けの分析はいくらでもできますが、ひとつ言えることは、それまで視聴率を取ってきたドラマの要素が何一つないことです。恋愛要素は皆無、主人公は銀行員というおよそ有り得ない設定、ついでにいうと、修羅場で債権を回収するようなシリアスなストーリーでしょ。TBS内でドラマの企画を通すのが大変だったみたいです。

そんなわけで、作る方もさほど期待はして無かったと思います。ドラマが始まる前、制作チームに、「どれくらい視聴率を取れると思いますか?」と聞いたら、「最終的に15%取れれば」と。少し盛ってたはずですから、ホンネでは10%も取れれば御の字だと思ってたんじゃないかな。

ところが、フタを開けてみれば、平成最高視聴率。びっくりですね。あまりにもヒットの法則から外れたものが出てきたので、それが珍しくてウケたんじゃないかなんて勘ぐりたくなります。

――ドラマ化というプロジェクト自体が一つの挑戦だったわけですね。そのドラマでも小説のエピソード、ディテールはそのまま採用されていました。銀行の内幕をリアルに描いているという評価はどのように受け止めていますか。

そこは少し誤解されているように思います。僕は銀行出身ですから、リアルな銀行はよく知っています。だからこそ、小説にはあえてデフォルメを加えています。リアルな描写を突き詰めるより、物語を楽しんでもらうことに比重を置いているからです。

とはいえ、そのデフォルメされたビジネスシーンも、知らない人からすればリアルに読める。なので、読者が勘違いしないよう、オネエ言葉の金融庁検査官、黒崎が登場したわけです。ドラマでは片岡愛之助さんが演じられ、好評を博しました。

実はこのキャラクターの設定には、「その物語はあくまでフィクションなんですよ」というメッセージが込められてるんです。

――細やかな挑戦があったんですね。しかし、そこはなかなか気がついてもらえなかったと聞きました。

なんと、黒崎が登場したら、金融庁に抗議が殺到したとか。もうわけがわかりません。どうすればいいんでしょう(笑)。現実と空想世界を混同する人たちにどう説明していいか、誰か教えて欲しいです。

そういえば先日も、その「黒崎のモデルとされる検査官が亡くなった」なんて新聞記事が出てました。いい加減な記事ですね。そもそも彼にモデルなんかいません。この亡くなられた方は、オネエ言葉で話す方だったんでしょうか。

これはヒドイと思ったので、実はその記事を出した新聞社にクレームを入れましたが、ナシの礫。裏を取れば分かる話なのに、大新聞にもデタラメな記者がいるんですね。

――物語として楽しんでほしいとのことですが、池井戸作品におけるリアリティとはなんだと思いますか?

エンタメ小説におけるリアリティとは何か、という話に繋がる難しい質問ですね。これはあくまで僕の考えですが、ノンフィクションのリアリティが「事実」に接近しているか否かで判断されるとしたら、小説のリアリティはキャラクター設定にあると思っています。

例えば、物語中、作者の勘違いで事実が間違っていたりしても、実はそれは大きなキズとはいえないと思うんです。誰にも、どんな小説にもあることですし、小説は事実の正確性を競うものではありません。しかし、男気溢れる主人公に共感して読んでいるのに、物語の都合上、突如不倫に走ったり、悪に加担したりすれば、矛盾しているじゃないですか。その物語の中で作り上げてきたキャラクターが作者の都合によって破綻する。これが、エンタメ小説にとって本当の瑕疵だと思います。

主人公は、読者の期待や予想を背負って動いています。その期待を裏切らず、難しい場面も切り抜けるからこそ、小説は面白くなる。往々にして小説の書き手は、プロット通り進めるために都合よくキャラクターを動かしたりしがちですが、それは間違っていると思います。

――『ロスジェネの逆襲』で印象的なのは、何かと批判されがちな若い世代の活躍です。

いまの日本には、ロスジェネ世代だけでなく、バブル世代やゆとり世代、団塊の世代など、いくつかの「世代」がいます。それぞれに時代背景を背負った性格付けをされていますが、本当にそうでしょうか。ぼくは、昔流行した「日本人論」に近い曖昧さがあると思うんです。

かつて山本七平さん(*編集部註 在野の評論家。1970年代〜80年代にかけて活躍)がイザヤ・ベンダサン名義で『日本人とユダヤ人』という本を発表しました。この本はたいへん売れて、「日本人論」がちょっとしたブームになったんですね。ところが、後年になりこの「日本人論」は科学的な根拠を欠いていると指摘されるようになるんです。「日本人は以心伝心の社会なんていうけども、そんな科学的証拠はどこにもないじゃないか」と。

ぼくには時として論じられた世代論も、それに重なって見えます。例えばバブル世代は遊び好きでいい加減で、ロスジェネは真面目で地味だなんて言われているようですが、感覚的なものでしかない。ある種、血液型で人を判断するようなものです。

もちろん、その時代々々の雰囲気というものはあるでしょう。だからといって、その世代を十把一絡げに性格付けするのが正しいとも思えません。

ロスジェネの逆襲の世代論には、多少なりともこうした問題意識が反映されているかも知れません。

――半沢とともに難局に挑むロスジェネ世代の「挑戦」が成功するかどうかが、読みどころになっています。

ロスジェネ世代を代表するキャラクター(森山雅弘)が登場します。彼はバブル世代の半沢とタッグを組んで戦ううち、自分の居場所を見つけて行く。

世代論というバックボーンはあるけれど、先ほどいったように、物語の登場人物たちがそれに縛られているわけではありません。バブル世代にも気骨ある半沢のような人物がいるし、ロスジェネ世代だって森山のような荒ぶる者がいる。これは小説ですが、実際の社会だって同じじゃないでしょうか。

――世代論は便利であるがゆえに、粗い分析でも広がっていきます。そこへの違和感があったということですか。

世代という大きなものを一括りにするような分析は、正しいですか? こうした分類整理そのものが、ある種の遊びになっている気がします。

現状に不満を持っている人は世代を超えて存在すると思いますが、とくに若いひとたちには、「君たちだからできることがあるのではないか」、という問題提起をしてみました。ぜひこの小説を手にとってください。

(後編につづく)

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池井戸 潤(いけいど じゅん)

1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。’98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、2011年『下町ロケット』で直木賞を受賞。主な著書に「半沢直樹」シリーズ、「下町ロケット」シリーズ、「花咲舞」シリーズ、『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』『七つの会議』『陸王』『民王』『アキラとあきら』『ノーサイド・ゲーム』などがある。WOWOW・連続ドラマW『鉄の骨』(毎週土曜夜10時〜)も好評放送中。