周囲からの応援が支えに

幸い、松原さんは周囲から産むことを応援してもらえた。ブログには、自分は産みたいが家族に反対されているという「悲鳴」が多く寄せられていたが、松原さんには反対した家族はいなかった。当初は温度差があった夫も、話しい合いを重ね、ダウン症の子どもたちのためのダンス教室を見学したりする中で変化していった。

両親は、直ちに「応援する」と言ってくれた。実は、一人っ子の松原さんには兄がいた。しかし、生後一歳にならないうちに、SIDS(乳幼児突然死症候群)で亡くなってしまったのだ。両親は、そのことに悔いを感じていて、松原さんの子育てを少しでも助けたいと思い、何と、近くに引っ越してきてくれることになった。

出産の日がやってきた。
妊娠中から松原さん夫婦はテレビ番組の取材を受けていて、出産シーンも撮影された。子宮筋腫の手術を受けていたため、出産は予定帝王切開でおこなわれた。番組の中で、出産直後の松原さんは、産み終えた気持ちを手術台で聞かれてこう語り、涙を流した。
「あんな小さな体でハンディと闘っていくって、本当にかわいそうだと思った。親にできることって、ちっぽけなことなんだろうな」(「リアル×ワールド THIS IS MY LIFE 2~新しい命を受け入れて~/2012年11月17日放映 制作著作・日本テレビ 制作協力・セイビン映像研究所」より)

出産直後の佑哉くん 写真提供/松原未知
写真提供/松原未知

誕生後、ブログは、一日のアクセスが5万件を超えた。いつしか松原さんに賛同し、力を得ていたたくさんの仲間ができていた。松原さんは合併症を心配して大学病院での出産を選択し、実際に佑哉君は3日間だけNICU(新生児集中治療室)にいたが、大きな問題はなく、GCU(回復室)を経て元気に退院した。

一歳の誕生日を祝う松原さん夫婦 写真提供/松原未知