SF界の新星・石川宗生さんの新刊『ホテル・アルカディア』が注目を集めています。ホテルに引きこもってしまった娘を元気づけるために、7人の芸術家が21の不思議な物語を語り聞かせる、という形のショートストーリー集です。
執筆にあたり、石川さんが参考にしたというのがボッカッチョの『デカメロン』。男女10人がエロとユーモアに満ちた話を語るという14世紀イタリアの作品ですが、その背景にあったのは当時大勢の命を奪ったペストの猛威だったそうです。
これまで文学はどのように疫病と向き合ってきたのでしょうか。新型ウイルスの脅威にさらされる今読むべき、疫病を描いた傑作を『デカメロン』を筆頭に石川さんが紹介します。
疫病と文学
僕が『デカメロン』を読んだのは、拙著『ホテル・アルカディア』の構想を練っていた二年前だった。『デカメロン』のような、おかしくて不思議なたくさんの物語を語り聞かせる形式を自分の作品に取り入れるために。
しかし、語りの形式以上に当時強く印象に残ったのは、ボッカッチョが初めに語る陰惨なペストの描写だ。
〈ペストは一か所にとどまらず次から次へと他の土地へ飛び火して、西の方へ向けて蔓延してまいりました。惨めなことでした。そのフィレンツェでは、人智を尽くして予防対策を講じましたが、空しうございました。〉
〈みんな死にました。昼も夜もです。通りで亡くなった人も相当おりました。もちろん屋内で息絶えた人はもっと多かったのです。腐敗した死体の悪臭でやっと死んだということが隣人にもわかりました。いたるところこうした死人やああした死人で町中が満ちました。
(…)屋内から死んだ人の遺骸を引き摺りだして、それを戸口の前に置きました。もしそのあたりを歩いたならば、とくに朝方は、数限りなく遺骸が戸口の前に放置されているのを見ることもできたでしょう。それから柩を取り寄せました。それが無い場合には板の上に遺体を置きました。また一つの柩に遺体を二体も三体も一緒に入れることもありました。実際、一度に妻と夫、二、三人の兄弟、親子などを一つの柩に納めることもありました。〉(『デカメロン(上)』ボッカッチョ著,平川祐弘訳,河出文庫)
