探究する「芽」が育っていないと
実践できない

一方で、そこで問題なのは、自分で思い切り学び、探究する「芽」が子どもに育っているかどうかです。日々ルーティン化された状況で育ってきた子どもたちにとっては「自分で学びを見つけなさい」と言われると、それが苦痛になります。「私はプリントをもらう方が気が楽だ」と言う子がいるのも現実です。ほっといても大丈夫な子はいいとして、そうでない子をどう導いていくのか。それが課題になります。

そこには、圧倒的な体験の積み重ねが必要です。「楽しい」「面白い」の延長線上に発見したこと、学んだこと、知ったことが、自ら学ぼうという原動力になります。その体験を生み出すためにも、ぼくたち大人は、子どもの「学びの種別」を限定しないことが重要でしょう。

ぼくにも、中学生の長女、小学生の長男と次女、幼稚園児の次男がいます。
休校中、長女は卵焼きを極めたいと、卵焼き作りに目覚めました。最終的には、家族にだし巻き卵を作ってくれました。どんどん腕を上げ、形も色も見事な卵焼きを作ってくれました。お店で食べているみたいだよとみんなに褒められ嬉しそうでした。

卵焼き作りは家庭科でもあり化学でもある。極めようとすると相当難しい! Photo by iStock

長男は「釣り」について調べたので、実際に家族で週末に釣りに出かけました。タコを釣り上げて、本当に嬉しそうでした。ちなみに、ぼくはフグの猛攻にさらされて、息子に完敗でした。次女は絵を描いたり、本を読んだり。次男はサッカーやラグビーで長男に遊んでもらうなど、楽しい時間を過ごしていました。

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ネットで遠隔のコミュニケーションをとることは、今後ますます当たり前のことになっていくでしょう。外国の人たちとネットで容易にコミュニケーションできる時代を彼らは生きるわけです。だからこそ、リアルな体験も同時に必要になってくると僕は感じています。