“外国人”ということで
不親切な扱いを受けたことも…

194cmブロンドの髪で青い目をした「ザ・外国人」の父は、約30年前に南アフリカでアパルトヘイトが起きた時に日本に来日した。

南アフリカ、アパルトヘイト時代 白人と黒人の入り口が違う様子。 Photo by iStock

「アパルトヘイト」とは、南アフリカ共和国で行われていた人種隔離政策のこと。約2割の白人支配層が非白人を差別し、居住地区を定め、異人種間の結婚を禁じた。参政権も認めず、これが1960年代から1991年ごろまで続いた。

今では想像もつかないような差別が起きている中で幼少期を送った父は白人なため、南アフリカにいた時はどちらかというと差別を受ける側ではなかった。しかし30年前の日本はというと、まだまだ外国人がレアな「宇宙人的存在」だったらしい。

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今から15年ほど前、父と都内を歩いてると道行く人によく指をさされたり、電車で席に座ろうとするとあからさまにバッグを隣の席に置いて座らせないようにされたこともあった。それらは今でも鮮明に記憶に残っている。

南アフリカ人の祖母との写真。 写真提供/長谷川ミラ

このような反応は、特にご高齢の方に多く見受けられたが、父も敗戦を経験している日本のおじいちゃん・おばあちゃんたちが“外国人を嫌ってしまう理由”をなんとなく理解していたようで、「しょうがないよ」とよく言っていた(厳密に言うと南アフリカ人だから、同盟国だったのにー!と私の心の叫び…)。