朝日新聞「最後の社主」の死…知られざる生涯と「遺言書」の謎

大メディアが「秘封」したもの
伊藤 博敏 プロフィール

「社主の呪縛」から逃れたが…

だが、ここからの理不尽な仕打ちには、事件記者の魂に火がつき、声を上げずにはいられない。樋田氏は、朝日経営陣が、「権威」として生き「権力」を行使しなかった美知子社主から株を剥奪、村山家から「権威」も奪ってしまったことに憤る。

最後に残った11%の株はどうなるのか。本来なら、唯一の親族である甥の恭平氏に渡るはずだが、そうなってはいないという。恭平氏は、社主の妹の故・富美子さんの一人息子。株主権の行使を目論んで朝日を揺さぶった過去があり、朝日としては阻止しなければならなかった。

そのために、朝日はどう美知子社主を説得したか。さらに、美知子社主と村山家の今後を担う任意後見人は、どのようにして選ばれたのか。その衝撃の工作は、本書を読んでもらうしかない。

 

筆者は、『記者襲撃』を本サイト(18年3月1日配信)で著者インタビューとして紹介することで樋田氏の知己を得、以降、美知子社主の置かれた境遇や、そのことに関する樋田氏の思いを聞くことが多々あった。

文中に、社主の付き添いの女性たちとの労働審判があり、<この労働審判の経緯を東京のフリーランスのライターが週刊誌に書いた>とあるのは、筆者のことである。

従って、樋田氏が美知子社主のことを真摯に思っていたことを知っているし、なにより樋田氏は、恭平氏を含む親族や介護に当たっていた人々の信頼を得ていた。それだけに樋田氏が書く「レクイエム」に期待、作品は想像以上だった。

創刊120年を経て朝日は「社主の呪縛」から逃れた。それが、どれだけ酷薄な組織の論理で行われたか。「御影の令嬢」の足跡を辿りつつ、大メディア・朝日新聞の本質に触れることのできる好著である。