朝日新聞「最後の社主」の死…知られざる生涯と「遺言書」の謎

大メディアが「秘封」したもの
伊藤 博敏 プロフィール

もうひとつの朝日新聞社史

筆者は朝日新聞元記者の樋田毅氏。大阪社会部記者として、赤報隊事件を取材、2年前には『記者襲撃――赤報隊事件30年目の真実』(岩波書店)を著した。

その社会部記者の冷静な目と正義感で、「もうひとつの朝日新聞社史」を書いた。もとより朝日の批判は覚悟のうえ。<出版後、恐らく私への悪口雑言が朝日新聞社内の一部から聞こえてくると思います>と、樋田氏はあとがきに書いている。

樋田毅氏

樋田氏は粘りの人である。

87年5月、朝日新聞阪神支局を、散弾銃を持った男が襲い、当時、29歳の小尻知博記者を射殺した。犯人は「赤報隊」を名乗り、続けて朝日新聞施設を襲撃、爆破未遂を重ね、警察当局は述べ62万人の捜査員を投入したものの、17年前に公訴時効を迎えた。

 

樋田氏は、事件発生直後から特命取材班に参加。時効を機に取材班を解散しても、業務の間を縫って犯人を追った。

朝日新聞では、襲撃された部屋で、語り部の樋田氏が講義を行い、「覚悟と矜恃を持って頑張ってもらいたい」と、締めくくる新人研修が、樋田氏が退職する17年まで続いた。