新型コロナ危機で露呈、グローバル化世界の「厳しすぎる現実」

「普通の日々」は戻ってくるのだろうか
笠原 敏彦 プロフィール

EUの危機対応能力が低すぎる

ここから、国際統治(グローバル・ガバナンス)の問題に移りたい。

最初に、2月下旬から感染が急拡大したヨーロッパを取り上げる。

イタリアの死者数(3月24日時点で63927人)が3月19日に中国(同81767人)を上回り、その後も激増していることには驚かざるを得ない。

イタリアのほか、スペイン(同33089人)やフランス(同19615人)、ドイツ(同29212人)などの主要国でも感染拡大に歯止めがかからず、外出禁止令まで出される非常事態だ。

これは、EUの危機対応能力の低さを露呈するものである。

EUの危機対応は、2008年のリーマンショックに続くユーロ危機、中東・アフリカ諸国などから100万人もの難民・移民が押し寄せた2015年の難民危機でも事態を悪化させたと批判されてきた。

感染拡大の主な原因が国境検査なしの自由移動を定めたシェンゲン協定などにあるとしても、発生した危機への対応は統治能力に関わるもので、構造的な問題である。

その問題点とは、加盟各国がEUに主権の移譲を進めながらも連邦制でもなく、超国家組織たるEUと加盟国の間で統治の二重構造が生まれていること▽政策決定は加盟国(27カ国)の合議制を基本としていること、である。

加えて、加盟各国の連帯・結束を維持するために掲げる理想主義的な基本理念が、現実主義的な素早い対応を邪魔するという実情もある。

今回のケースでは、「人の域内自由移動」という基本理念がそれだ。

EUは当初、「国境を閉じてもウィルスの拡大は防げない」という立場から、アメリカが3月11日にEUからの入国禁止を一方的に決めると、強く非難していた。

しかし、ドイツやフランスが感染拡大に耐え切れず、3月16日に独自に入国規制措置を発表。その後追いをするかのように、EU首脳会議が域外からの入国規制を決めたのは翌16日のことだった。

 

ユーロ危機の際にも「ヨーロッパのリーダーシップはどこにあるのか」が問題になったが、同様の失敗が繰り返されているのである。

国家の最大の役割は「国民の生命と財産を守る」ことだ。この点に関わるリーダーシップで、EUはその機能を果たせていないのである。