日本を蝕む「ネバーエンディング・クレーマー」の生態とその対策

野党も、お客も、国民も…
大原 浩 プロフィール

国民も神様ではない

民主主義が欠陥だらけであることは、英国の宰相ウィンストン・チャーチルの

「実際のところ、民主主義は最悪の政治形態ということができる。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが……」

という言葉に集約できよう。

その中でも古代から引きずっている問題は「パンとサーカス」である。ローマの皇帝たちは、市民に充分な食糧を与え剣闘試合などの娯楽を提供することで「お客様」として操っていた。

同じように民主主義でも、政治家は当選のために選挙民に都合の良い約束を乱発する。時には公約違反の空手形になる場合もあるが、多くは実現されて政府が肥大化する一方だ。それに伴って、税金や社会保障費などの国民負担は肥大していく。

フランスでは、すでに国民負担率が70%近く(7公3民)に達しているが、日本も50%(5公5民)レベルに達しつつある。

国家というのは振れば何でも出てくる打ち出の小づちではない。何か費用がかかることを実行しようとすれば、その費用は最終的には国民が負担しなければならないのである。

ああしてくれ、こうしてくれと文句を言うばかりでは、政府を巨大化し(実際に巨大化してきた)そのしもべになるだけだ。

クレーマーというのは、実のところクレームをつける相手に依存しているのである。この心理が激化すると、ストーカーになることは宮部みゆき原作の「名もなき毒」というドラマを見るとよくわかる。私はこの現象を主人公のストーカーの名前をとって「原田(げんだ)いずみ症候群」と名付けているが、激しいクレームというのは、実は相手に依存する行為なのである。

 

日本だけではなく、世界的に武漢ウイルス危機が広がっている中で、我々もJFKが述べるように、日本という国のメンバーとして何ができるかを考えるべきではないであろうか?

組織の一員としての建設的批判は常に行うべきだが、「お客様は神様」のような気分で、懸命に建設的作業を行っている人々に安易なクレームをつける場合ではないと思う。